大人ひとり、カブトムシを東京でせっせと探す理由 他人の顔色を気にしない「ひとりあそび」の方法

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そしてさっきも書いたけれど、カブトムシはクヌギやコナラといったどんぐりのなる木に集まって樹液を舐める生き物だから、基本的には、どんぐりの木が少しばかり固まって生えている場所を探すといい。

こういう場所は住宅地の中にもあるし、少しだけ郊外に足を延ばせば、大きな幹線道路沿いにあったりもする(もちろん、果物の汁も好きなので果樹園でも出会うことができるのだけど、それは都会にはまずない)。こういうところを細かく探していくと、意外と都会でもカブトムシに出会うことができる。

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そして探す時期も重要だ。東京で言えば、7月に入って梅雨が明けて、一気に夏になったなと思う暑い日が訪れたら、なるべく早く出かけることがコツだ。カブトムシとたくさん出会いたければ、とにかくその夏の、それも自分が住んでいる街の気候、気温の上がりかたや湿度などを細かく把握しておくことだ。

それはそれほど難しいことじゃない。毎朝起きて、ん、今日は暑いなとか、意外と涼しいなとか、身体がべたつくな、とか意外とからりとしてるかもとか、少しだけ注意を向けていれば誰もが感じられることに注意を向けるだけでいい。つまり、自分の身体の感覚を大事にするだけでいいのだ。

夏の森で出会う「ひとり」の楽しみ

ちなみに大人になってからの僕は、カブトムシを見つけても実は「採らない」。自然に生きているカブトムシを見て、そっと触って、写真と動画に収めて、満足して帰る。あとでその記録を見ながら森の中のことを思い出して、ひとり幸せな気持ちになっているのだ。

そしてこれだけカブトムシのことを書いてきてなんだけれども、この「ひとりあそび」を楽しむ上で一番大切なのは、もしカブトムシに出会えなくてもがっかりしないこと、だ。たとえカブトムシに出会えなくても、たくさんの生き物に出会うことができる。

深夜の森で見つけた羽化中のセミ。神秘的で、とてもうつくしい(写真:『ひとりあそびの教科書』より)

たとえば夜には、セミの羽化に出会うことがよくある。茶色の蛹の殻がゆっくりと破れて、長い羽がゆっくりと伸びていく。羽化中のセミの身体は、白く透き通っていてとても神秘的だ。

はじめてそれを目にしたとき、僕は蚊に刺されるのも構わずにずっとその木の幹を離れず、何も考えないままに、思わずなんども、なんども写真を撮った。しかしどれだけアングルや照明に凝っても、肉眼で見るセミの羽化のうつくしさには敵わなかった。

「みんな」ですることでは「ない」楽しいことがこの世界にはたくさんある。

宇野 常寛 評論家

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うの つねひろ / Tsunehiro Uno

1978年生まれ。評論家。批評誌「PLANETS」「モノノメ」編集長。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)『遅いインターネット』(幻冬舎)『水曜日は働かない』(集英社)『砂漠と異人たち』(朝日新聞出版)ほか。

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