「安すぎた」ファミマTOB、伊藤忠との攻防の全内幕 地裁決定文が指摘「機能しなかった特別委員会」

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なお、日本には、1つの判決効果が類似する立場の人にも適用されるクラスアクション制度がないため、今回の決定は買取価格決定の申し立てをしたRMB、オアシス、個人投資家1名、それに手続き上、利害関係参加者の扱いになっている個人1名を含む計4名にしか適用されない。従って、TOBに応募した株主や買取請求に応じた株主は、何もしなければ1株当たり300円の上乗せ分を受け取ることはできない。

だが、RMBの訴訟代理人を務めた松尾明弘弁護士は「特別委員会の構成員だった3人の社外取締役個人に対してであれば、理論上は損害賠償請求が可能かもしれない」と言う。

文書提出命令を引き出した「MBO指針」

日本のTOBの歴史において、買取価格が見直されるのは異例だ。

会社法は、議決権の3分の2以上を握った大株主に、少数株主から保有株を強制的に買い取れる強権を認める代わりに、少数株主には強制買取価格に不服がある場合裁判所に価格の見直しを求める権利を用意している。

しかし、2016年7月、ジュピターテレコム株式の取得価格決定申立事件について、最高裁は「手続きが公正ならば、買取価格がTOB価格と同額である限り裁判所は価格の判断をしない」とする判断を下している。

それ以降、スクイーズアウトに反対の株主が、裁判所に価格の判断をしてもらうには、手続きが不公正であることを立証しなければならなくなった。だが、形式が整った手続きでそれを立証することはほぼ不可能であり、買取価格決定申し立ての道は事実上閉ざされたと言ってよかった。

今回、TOBの詳細な交渉経緯が裁判で出てきたのは、ファミリーマートが裁判所からの文書提出命令に応じて、特別委の議事録を裁判所に提出したからにほかならない。特別委が伊藤忠の提示価格より500円も高い2800円を強く主張し、伊藤忠が価格引き上げに応じなければ協議を終了するとまで考えていたのに、一転して2300円で合意してしまった経緯は、公開買付届出書や意見表明報告書ではわからなかったことだ。

日本の司法制度では一般に原告側もしくは申し立て側の立証責任が重く、相手方への文書提出命令を裁判官に出してもらうハードルは極めて高い。その高いハードルをクリアできたのは「裁判官がMBO指針を尊重してくれたから」だと今回の申立人のうちの1社であるRMBキャピタルの細水政和ポートフォリオマネージャーは言う。

経済産業省は2019年にMBO指針を改訂。「特別委は一般株主の利益を図る観点から、取引条件の妥当性および手続の公正性について検討・判断する役割を担う」との一文が加わった。特別委は中立であってはならず、一般株主の側に立たねばならない。その一般株主が議事録を見たいと言っているのに、それを断るということはMBO指針を尊重しないことを意味する。

そうした意味でも、今回の決定は7年近くもの間、閉ざされていた扉を開く、画期的なものだったと言えるだろう。

今回の地裁決定に対しては、ファミリーマートだけでなく、元株主で申し立てをしていたオアシスも決定価格を不服として抗告をしている。はたして開きかけた開かずの扉は本当に開くのか。それとも再び閉ざされるのか。東京高裁の判断が待たれる。

伊藤 歩 金融ジャーナリスト

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いとう・あゆみ / Ayumi Ito

1962年神奈川県生まれ。ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計だが、球団経営、興行の視点からプロ野球の記事も執筆。著書は『ドケチな広島、クレバーな日ハム、どこまでも特殊な巨人 球団経営がわかればプロ野球がわかる』(星海社新書)、『TOB阻止完全対策マニュアル』(ZAITEN Books)、『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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