国家はグローバル化で本当に弱体化するのか ナショナリズムの賢い活用法

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もちろん、多国籍企業が海外への直接投資を拡大し、その結果、国内の雇用基盤がぜい弱化する構造については、第一次世界大戦前と現代では変わりはない。現代の特徴は、そうした活動を含め、獲得した利益や資本について、多国籍企業や超富裕層がタックスヘイブン(租税回避地)を活用して国家からの課税回避の傾向を強めていることにある。

タックスヘイブンは低税率だけでなく、多国籍企業などの出身国の法規制を無効化する役割も果たしている。本来払うべき税を逃れることで、現在の多国籍企業は出身国からも収奪しているのだ。

現在の国家が抱えている矛盾

こうした状況は、再分配政策を取る国民国家の足元を掘り崩すことになる。一方で現在、国家が取りうる政策は、法人税率引き下げ競争や非伝統的な大規模金融緩和による株式など資産価格テコ入れなどに限られており、それらはむしろ多国籍企業や超富裕層を利するという矛盾を抱えている。これらが現在の国家弱体論の要諦だ。

これに対し、どのような将来見通しがあるだろうか。一つは通俗的な見方として、国家が消滅するというものだ。ただし、現在のシステムにおいて、教育や社会インフラなどを担っているのは国民国家であるという事実は認識しておく必要がある。 

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その代役がはっきりしないまま、国民国家が衰退するなら、教育(人材)や社会インフラなくしては成り立たない多国籍企業などの活動にもいずれマイナスの影響が出ることになる。また現在のところ、国民国家に代わる有効な代替システムはまったく現れていないと言っていい。

も う一つの将来像は、国民国家がグローバル化と共存していくためにうまく順応するというものだ。具体的には、タックスヘイブンなどの力をそぐ、課税に関する 国家間の国際協調が挙げられる。これは高いハードルながら、G20(20か国財務大臣・中央銀行総裁会議)やOECD(経済協力開発機構)などで少しずつ 取り組みが始まりつつある。

ナショナリズムは、排外的な自文化中心主義を生み出す土壌があり、これを人類は克服すべきであるのは言うまでも ない。そのうえで、先鋭化した資本主義やグローバル化がもたらす、格差や貧困、経済不安定化などを抑制する力もナショナリズムは持っている。グローバル化 との共存を果たすために、ナショナリズムにとって、植民地主義を乗り越えた次の課題は、課税の国際協調であると位置づけられよう。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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