日本人は現状追認をリアリズムと勘違いしている 「古典の叡智」を生かせていない保守とリベラル

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しかし、大学でフロムの本を読んだら、全然違った。むしろ人間は、近代になって共同体の絆から解き放たれて「自由な個人」になったせいで、不安や孤独にさいなまれるようになった。それが全体主義を生み出したのだとフロムは書いているわけです。もっとも、フロムの場合は、だから孤独に負けない強い個人にならなければいけないという、ひどい結論になってしまうのですが。

日本特殊論がおかしいのではないかと思ったのは、オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』を読んだときでした。オルテガの言う「大衆」とは、個性がなく、「みんなと同じ」であることに満足し、より優れた人間になろうとする努力をせず、むしろそういう人を寄ってたかって排除しようとする、そういう人間です。

アメリカは個人主義で能力主義というのは本当か

これは、日本特殊論が批判する日本人の特徴そのものです。ところがオルテガは、西洋の近代化こそが、そういう人間を生み出したのだと書いている。日本人の集団主義がどうのこうのという話ではないのですね。だとすると、近代化して個人が自由になったがゆえに生じた問題を、日本人は、日本が近代化しておらず、個人が自由になっていないがゆえの問題であると錯覚していることになる。これは恐ろしいことではないかと思いました。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『大人の道徳:西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、共編著に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

ついでにもう1つ、これは身近な事例で恐縮なのですが、今年亡くなった私の義理の父は、工業系の会社に勤めていて、わりと長い間、アメリカの支社で働いていました。私の妻もアメリカで生まれたのですが、幼少期の思い出を聞くと、毎週のように会社の同僚や取引先の人たちのホームパーティなどに出かけていたといいます。

義父はよくこんな話をしていました。アメリカ人はファミリーを何よりも大切にする。だから、仕事でも家族ぐるみの付き合いをすごく大事にする。取引先の人と親しくなったりすると、今度ホームパーティをやるんだが、お前のファミリーも一緒にどうだと、必ず誘われる。それを断るようなやつは、アメリカではまず信頼されないと言うんですね。喜んで出かけていって、家族ぐるみで親しくなっていくことで、信頼関係ができていく。そうすると、仕事も自然に、お互いにとって良いものになっていく。仕事というのは、そういうものなのだということを、自分はアメリカ人から学んだと言うんです。

1980年代のアメリカの話ですよ。個人主義で能力主義というのは、いったいどこの国の話なのかと思いました。

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