福神漬VSたくあん「カレーのお供」巡る意外な歴史 いつから付け合わせに?背景を探る【後編】

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この写真は、創業100年を超える銀座の老舗、煉瓦亭のポークカツレツです。煉瓦亭では昔ながらに、客がナイフでポークカツレツを切り、その後フォークでライスを食べます。

洋食
煉瓦亭のポークカツレツ(写真:筆者提供)

戦前の洋食のライスは、箸ではなくフォークかスプーンで食べました。カツレツやステーキは煉瓦亭のように一口大に切られずにそのまま出され、客はナイフとフォークで切って食べました。そしてその後、フォークでライスを食べたのです。

フォークやスプーンでは、「輪切り」に切ったたくあんは食べにくくて仕方がありません。だからといって食べやすいようにたくあんを細切れにすることは、一日何万食ものライスを出す阪急百貨店や須田町食堂にとって大きな作業負担となります。

ところが、あらかじめ工場の機械で細かく切られている便利な漬物がありました。福神漬です。フォークやスプーンで食べやすく、厨房の負担にならない。福神漬は大量の洋食を出す外食産業に最適な漬物だったのです。

1年間に何百万食分もの漬物を必要とする巨大外食産業にとって、安定した価格で安定した量の供給を確保することは死活問題です。

原料の大根が不作だと、たくあんの供給は滞り、価格は上昇します。一方、福神漬は7種類の野菜に「リスク分散」しています。ある野菜が不足になり値上がれば、安い野菜でその不足を補えばよいのです。安定価格・安定供給の面においても、福神漬には利点があったのです。

戦後の漬物離れと、洋食の“箸で食べる化”

昭和30年代ごろから、日本人のご飯離れ、漬物離れがおきます。毎食のご飯の量は茶碗3~4杯から1杯に減り、一方でおかずの量が増えます。大量のご飯からタンパク質とカロリーを摂る食事から、おかずからもタンパク質とカロリーを摂る、バランスの取れた食事へと変化したのです。

当然のことながら、大量のご飯を食べるための食欲増進剤、塩辛い漬物は不要となります。日本人が塩分を摂りすぎであるという指摘も、漬物にとって逆風となりました。

百貨店や洋食店のライスからは、福神漬が消えていきました。人々は増量されたおかずだけで、量が減ったライスを食べるようになったのです。

さらに福神漬にとって逆風となったのが、洋食のスタイルの変化です。洋食を箸で食べる機会が増えていったのです。

次ページなぜ福神漬はカレーのお供として定着したのか?
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