数学もアクティブラーニングで、これまで以上の力を磨く

6月のある平日の午後。りんかい線の東雲駅から徒歩10分ほどのかえつ有明中・高等学校を訪ねた。校内ですれ違う生徒に「ここはどんな学校ですか?」と聞くと、「先生も生徒も優しいです」「困ったときにはみんな助けてくれる」と異口同音に答える。

校舎3階にある情報センター「ドルフィン」は、一般的な学校の図書室に当たるスペースだ。中に入ると高校1年の数学の授業が行われていた。学内で「A組」と呼ばれる「高校新クラス」では、数学にもアクティブラーニングを採用している。この日の授業を取り仕切るのは生徒3人によるチームだ。この授業では毎回異なるチームが問題を作り、出題者としてほかの生徒にテスト用紙を配る。教員は少し離れた所に立ち、基本的に口を出さない。担当教員の佐藤あやか氏も「どんな問題が出されるか、授業当日までわからない」と語る。

「こうした実践と基礎の座学を繰り返すことで、インプットとアウトプットの相乗効果や、表現力のアップを狙っています」

生徒自身が問題を出す立場を経験することで、良問とは何か、出題の意図は何かということを考えるようになり、解答者としての対策も立てやすくなる。また、学びに対する真摯な姿勢も育つのではないかと佐藤氏は期待している。

「出題者として解説する際には、『正しさ』への責任が生じます。また問題のどこがよかったか、あるいはよくなかったか、生徒同士で意見を出し合い、チームごとの振り返りも行います。失敗する前提で取り組んでいるので、何度もリトライし、未完成のまま学び続ける姿勢が身に付くのではないでしょうか。旧来の『ただ得点を稼ぐための勉強』では生まれなかった効果だと思います」

高1の新クラスの数学の様子。生徒が問題を出し、質問にも答える(左)。この授業を担当する佐藤あやか氏(右)

生徒が作った問題を見てみると、あらかじめいくつかの数字が入った3×3の「魔方陣」を埋めさせるものや、「ケーキを8等分したい。ただし刃を入れられるのは3回まで」など、公式を当てはめるだけでは解けない難問がそろっていた。「高校生になるまでに習った範囲を応用して解ける設定」にしてあるとのことで、解答者からの質問も受け付けながら、生徒がホワイトボードを使って解説を進めていく。

生徒が発信「進学と就職以外の選択肢を知ってほしい」

別のスペースでは高2の「プロジェクト科」の授業が進行中だ。これは中学校では「サイエンス科」として実施されるもので、科学や社会、自然など幅広い分野を扱う、かえつ有明独自の探究科目だ。中学は週に2時間、教員のサポートとともにワークショップ形式で行うが、高校ではプロジェクト科として引き継がれ、生徒自身がテーマを選んでより主体的に取り組むことになる。

この日、生徒たちはチームごとに模造紙を広げてポスターを制作していた。それぞれのチームが選んだインターン先の企業から、「わが企業の情報を調査せよ」というミッションが与えられているのだ。生徒は街でその企業が関わっているものを探したり、街頭を行く人に企業イメージについてインタビューしたり、自分たちで考えたやり方で情報を集めてその内容をポスターに落とし込もうとしていた。この授業を担当する教員は若菜隆氏だ。同氏はこの授業が「将来の進路選択の幅を広げる」と考えている。

「何のために大学に行くか、どんな仕事をするのか。こうした選択を迫られたとき、志望理由が書けない子が多いと聞きます。私自身、過去に卒業生を送り出した際にもそんな生徒を見てきました。このプロジェクト科では早い段階から実社会につながる学びを経験できます。今はぴんとこなくても、後になってきっと『あのときのアレはコレだったんだ!』と感じる機会が来るはずです」

実は若菜氏の担当科目は体育で、決して探究科目の専門家ではない。サイエンス科やプロジェクト科の担当教員は毎年変わるので、生徒とともに教員も学び続けなければならない。多様な研修を受けつつ、自らの専門科目とそうでない科目の知見を相互に生かしながら指導しているが、「生徒たちのほうが柔軟なので、ときには生徒に教わることもある」と笑う。

「プロジェクト科」のポスター制作。グラフにしたり詳細なインタビュー内容をまとめたり、表現方法も多様

3年A組の加々美健太さんは、先輩たちが生き生きと学ぶ姿を見て「A組」、つまり高校新クラスへ進むことを決めた。中学校に入学するときからずっと「何が起こるかわからないような、決まったレールを外れる人生のほうが面白いのではないか」と思っていたという。

「高校時代は興味のあることを深掘りするための時間だと捉えて、やりたいことにどんどん挑戦してきました。SNSを通じて起業家や投資家の方に連絡を取り、直接話を聞かせてもらったことも一度や二度ではありません」

最初は「変な高校生だと思われていたかもしれない」と言うが、そうした人たちから刺激を受けることで、加々美さんはやがて、この経験を学校の仲間にも共有したいと考えるようになる。

「大学に進学して就職する、という選択肢以外にもいろいろな生き方があるということを、学校の仲間にも知ってほしいと思ったのです」

教員にかけ合い、高2の夏にA組のプロジェクト科の取り組みとして、クラス内ビジネスコンテストを企画した。すでに築いていた自身の人脈を生かし、経営者や投資家など、生徒たちが考えたビジネスプランを評価してくれるプロフェッショナルを集めた。

「コンテストの発案から実現までの道のり、新たなビジネスプラン作成など、すべて一人ではできなかったこと。先生やクラスの仲間がいたから頑張れたと思っています。『知ってほしい』という思いで始めたことですが、伝えたかったこと以上に、僕自身が得るものが大きかったと感じています」

高校3年A組(新クラス)の加々美健太さん。「好きにやってごらん」と家族が背中を押してくれたと話す

仲間に刺激される6年間で「予測のつかない成長」を

加々美さんは中学校時代の自分を「年齢的なものなのかな、少し孤立していたと思います」と振り返る。

「でも自分の中に、興味があることや好きなことといった軸は持っていました。この学校ではそれがいちばん大切なことで、その軸や考えをつねに表に出すことが必須なわけではありません。『沈黙は悪ではない』と感じられる風土があったので、ここでの高校生活に懸けてみようと思うことができました」

やがて加々美さんは自分の関心分野に積極的になり、高校では集団でいることの楽しさも強く感じられるようになったそうだ。広報部長で国語科教員の宇野岳史氏も、加々美さんのこの言葉に大きくうなずく。

「教員同士も生徒も、相手に意見を強要したり、批判したりすることはしません。互いの中にある軸を認め受け止めることが大前提で、この発想が本校の取り組みのすべてのベースになっています。グローバル教育やアクティブラーニングなどが注目されがちですが、ぜひその根幹にある理念を理解して、この学校を選んでもらえたらうれしいですね」

同校は帰国生や海外にルーツを持つ「国際生」への丁寧な指導でも知られるが、現在は実に生徒全体の4人に1人以上が国際生だ。学びの自由度の高さについて、加々美さんのクラスメートにも尋ねてみた。インターナショナルスクール出身のある女子生徒は次のように語る。

「A組は本当にいろいろな人がいて、インターから来た私もまったく違和感なく溶け込むことができました。もともと英語力には自信があったのですが、ここで求められるのは単なる語学力ではなく、英語で深く考える思考力や表現力でした。インター時代の自分とはまったく違うレベルに成長できたと感じています」

学習はもちろん、彼女は部活動にも全力で取り組んだ。6年間を通してマーチングバンド部に所属し、今年は部長も務めた。部活動から得たものも多かったと続ける。

「新型コロナ前には全国大会の高等学校の部で金賞を取ることができました。また、昨年のオリンピックとパラリンピックのオープニングセレモニーで演技をしたこともいい思い出です。先輩や後輩との接し方も学ぶことができました」

もう一人、別の女子生徒が質問に答えてくれた。彼女は幼少期を海外で過ごしたが、公立の小学校で過ごすうちに英語力が低下してしまった。それを取り戻そうとかえつ有明中に入学したものの、中2で再び海外へ。中3で帰国してからは別の中学に通っていたが、高校受験でかえつ有明に戻ってきたという複雑な遍歴を持つ。

「私の家庭は恵まれているほうだと思います。だから与えられた道を行けば間違いないし、それが安全で幸せなのだと思っていました。でもここで過ごすことで、未来はわからないほうが楽しいんじゃないかなと思うようになったのです」

クラスメートには加々美さんのように自由な考えの生徒が多く、影響を受けたかもしれないと笑う。日本の大学に進学する予定だったが、2カ月前に「将来の予測がつかないほうがいい」と第1志望をオーストラリアの海外大学に変更した。今は外国人教員のサポートを受けながら、現地の大学に提出するエッセーをまとめているところだ。

加々美さんはひとまず、IT分野に特化した大学への進学を考えている。その先についても「一度は大企業っていうところに入ってみたいと思っています。中小企業の方々には高校時代にたくさんお話を伺いましたが、大企業の知識や経験はまだ僕にはないので」と、あくまで自然体だ。その先は起業するかもしれないし、海外に行くかもしれない。将来の予測はやはり、簡単にはつかないようだ。

(文:鈴木絢子、写真:梅谷秀司)