「能率的に死なせる社会」が必要になる 建て前としての"命の平等"は外すべき

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(写真:Graphs / Imasia)
自己決定の尊重という大原則が医療現場を、そして患者本人をも縛っている。人間の死と日々向き合う医師がただす大いなる矛盾と、逡巡の先に到達した着地点。『医師の一分』を書いた里見清一氏に聞く。

──20年前はタブーだったがんの告知。今はもう当たり前ですね。

1990年、横浜の病院勤務時に、「さすがに言わなきゃいけねえよな」と部長が肺がん患者に告知しました。当時その病院で告知したのは僕らだけ。全員に言うか言わないかどっちかなら、全員に言おうと。同じ抗がん剤打ってれば、告知してない患者にもいずれはバレる。

一点の風穴が開くと、告知は一気に広まった。それが2000年くらい。今では面と向かって「あと3カ月です」と言う医者もいる。極めて厳しい膵臓(すいぞう)がんなど、昔はどう話そうか悩んだものだけど、今はあまり悩まなくなった。医者のパターナリズム(父親的温情主義)が否定され、“患者のために”医者が決定しちゃいけなくて、全部患者の自己決定に任せよということになってる。

「医者は自分で責任を負わねばならない」

──自分で決めろと言われても。

困るでしょ。患者が「先生にお任せします」と言うと、今日びの医者は「お任せされても困ります」と突き返す。手術しろって言うならするけど成功率は20%、あなたの人生なんだから自分で決めて、というのは、さすがにどうよと思うんです。

里見清一(さとみ・せいいち)●1961年生まれ。本名・國頭英夫(くにとう・ひでお)。1986年東京大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院内科などを経て現職。日本癌学会・日本臨床腫瘍学会・日本肺癌学会評議員。著書に『偽善の医療』『衆愚の病理』『希望という名の絶望―医療現場から平成ニッポンを診断する』ほか。

フランツ・インゲルフィンガーという食道がんの権威がいまして、30年前自身が食道がんになったとき、患者に自己決定を押し付けるのはやっぱり違うと痛感した。彼は第一人者だから誰より情報を持っている、でも決められない。結局、有能な同僚にすべてを任せました。彼は遺稿の中で「医者は自分で責任を負わねばならない。患者に負わせてはいけない。自分の経験を駆使して具体策を提示しようとしない医者はドクターの称号に値しない」と書きました。

自己決定の尊重というのは医者の逃げ口上としてはラクなんですよ。手術が失敗しても、お気の毒でした、でも私は事前に失敗の確率を申し上げましたよね、って言える。

──里見さんは、患者の自己決定を信じない、と明言されてますね。

本人の意思なんてどんどん変わります。それに決められます? 自分が決めたことだからどうなろうと自分の責任、悔いはない、と笑って死んでいく人なんて現実にはいない。「やっぱりあのとき、手術はよしましょう、と先生に言ってほしかった」って言われるんです。自分で決めたことでも、やっぱり後悔しますわね。

僕はよく患者さんに「じゃあその治療で行きますけど、それは僕が決めたことだからね」と言います。僕もOKして決めたことだから、悪化したら僕も責任を持って次の措置を考える、と。患者が選んだ治療でも、結果オーライじゃなかったら謝って、次はこうしよう、とやっぱり医者が決めていくべきじゃないか。

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