すぐ廃止できる業務はある!仲のよさも働き方改革の秘訣?

田中先生前回は「フリーランスって実際どうなの?」という点を中心にお聞きしましたが、今回は教員の理想の働き方についてお話しできたらと思います。早速ですが、教員の働き方改革の現状をどうご覧になっていますか。

九貫先生 上の世代に、古い体質のままの教員が少なくないなと感じます。先日も50代後半の教員が、「20時に職員室に誰もいない」と怒っていました。習い事で17時に帰る若手や、疲れたからと帰る若手が許せないそうです。そんなふうに、根性主義で子どものためにどれだけ時間をかけるかに価値を置く層が一定数いるのですが、働き方改革を実現するには彼らのマインドセットが必要だと考えます。

九貫 政博(くぬき・まさひろ)
文部省(現・文部科学省)の在外教育施設派遣教員として在マレーシア日本大使館付属クアラルンプール日本人学校に3年間勤務、東京都教育委員会の「教師道場」リーダーを2年間担当するなど、東京都公立小学校教諭を30年間務め、2018年にフリーランスに転向。現在、小学校講師、教員指導講師、セミナー講師、コミュニケーショントレーナー、私塾運営などマルチに活動。マジック、音楽、イラスト、少林寺拳法など特技も多岐にわたる
(写真:九貫政博氏提供)

また、すぐに廃止できる業務はあるので、洗い出してやっていけばいいと思います。例えば、公立の学校はどこも分厚い教育計画を作って製本していますが、1年間でこれを開く機会は大してありません。精査して必要な数ページを印刷し、残りはパソコンに入れておけばOKなものです。これは今勤めている学校の若手教務主任に提言したのですが、来年実行されるようなのでどの学校でも着手できることだと思います。

通知表も発行するか否かも含めて学校現場に判断を委ねられています。発行をやめるのは難しいかもしれませんが、所見を見直すことはできます。なかなかここに手をつけないですよね。

堤先生 管理職の中には、所見が大好きな方々がいらっしゃいますからね。所見で先生を評価するような管理職もいます。

九貫先生 今は道徳、総合的な学習の時間、英語、総合所見と4種類もあって大変。こんなに書く必要はないですよね。総合所見だけにしてほかの要素は必要に応じて書くとか、所見は書かずに面談で伝えるとか、簡略化はできるはずです。

田中先生 僕、九貫先生の所見を見せてもらったことがあるんですが、感動の内容なんですよ。全国の皆さん、すごい所見を書く先生が減らしてもいいとおっしゃっています!

教育計画や所見のあり方は見直せるのでは?
(イラスト:田中光夫氏提供)

堤先生 総合所見も1行か2行でいい。ただ、所見をなくすなら、日頃から保護者に子どもの様子を伝えるすべを持っておかなければいけないと思います。僕も親だからわかりますが、学校での様子ってほとんど見えません。日頃の伝達もなく所見が2行になったら保護者はたぶん怒るでしょう。

堤 真人(つつみ・まひと)
横浜国立大学院卒。青年海外協力隊を経て、11年間公立小学校教員を務める。文部科学省英語教育推進リーダー、小学校英語教科書著作者、横浜市カリキュラムマネジメント策定委員などを歴任。モットーは、「温かい関わりの中で、子どもは育つ」。2020年3月に退職し、三重県にUターン。実家である浄土真宗高田派大仙寺の僧侶となり、子どもが生き生き学ぶ寺子屋を開設。ワークショップ専門のNPO法人WAKUTOKI副理事長。2児の父
(写真:堤真人氏提供)

例えば正規教員時代、僕は毎月1人1回のペースで、保護者宛てに子どもの様子を一筆箋に2行ほど書いて渡していました。あと、暇なときに「今日こんなことがあったんです」と保護者に突然電話したりして。こういうことって大事ですよ。仕事を楽にすることと子どもとつながるチャンネルを減らすことを一緒にしてしまうと、間違った働き方改革になると思います。

田中先生 ESD(持続可能な開発のための教育)推進校の横浜市立永田台小学校では早く帰れたそうですが、どうやって仕事を効率化されていたのでしょうか。

堤先生 17時には帰れましたね。当時校長だった住田昌治先生(現・湘南学園学園長)が働き方改革を進めてくださったことも大きいですが、いちばんは教員同士の仲がとてもよかったことにあると思います。仲がいいと子どもたちのトラブルを迅速に解決できるんですよ。

例えば朝に保護者から連絡帳を通じて相談があった場合、学年主任がすぐ午前中に対応するプランを立て、チームワークで実行することができる。放課後からの対応はエンドレスになりがちですが、早めの対応は保護者もうれしいからトラブルが大きくなりません。

だから僕は研究主任をしていたとき、職場の雰囲気をよくする取り組みばかりやっていましたね。24時間の理想のスケジュールを書いて開示し合うなど、相手を深く知るワークショップをたくさんやりました。「あの先生は17時に子どもを迎えに行かなきゃいけないのか」と思いやれる雰囲気がつくれると、みんなが働きやすくなっていきます。

働き方改革は重要、しかし「定時帰宅の強制」には問題も

田中先生 「#教師のバトン」についてはどう感じましたか。

堤先生 共感しかないです。先生が悪いわけではないし、そういうところでしか吐き出す場がないほどストレスがたまっているのでしょう。でも、永田台小のように定時帰宅でも研究校がつくれたケースはあるし、働き方を改善する余地はあると思います。

順子先生 私とみっちゃん(田中光夫先生)は今私立で働いていますが、私立の先生も割と遅くまで残っていますよね。

田中先生 僕は15時30分に退勤してしまうのでよくわからないのですが……。

順子先生 みっちゃんは、おうちに持ち帰っている仕事もあると思うのですが、私は学校のことは学校で完結したいので、それなりに定時後も学校にいます。その中で、正規の先生が遅くまで残っている様子を目にします。

田中 順子(たなか・じゅんこ)
公立小学校教員として29年間勤務。2020年4月より、学級経営、メンタルヘルス、生産性向上に関する情報発信をスタート。21年1月からはフリーランスティーチャーとして現場復帰。子どもたちと日々未知なることにチャレンジ中。日本イエナプラン教育協会イエナプラン専門教員、ワークショップデザイナー、マインドマッパー。現在、YouTube「junjunblog」、Podcast「“学ぶ”をHAVE FUN!!」で情報を発信中
(写真:田中順子氏提供)

でも、私立の先生って皆さん熱い思いにあふれているんですよね。長時間仕事をしていても、なぜ私立の先生は前向きで、公立の先生が疲弊しているのか。それは、やりたいことをやれているかどうかの違いなんじゃないかと思います。私自身、やりたいことは時間に関係なく動けるので、働き方改革って何なのかなと考えてしまうことがあります。

残業すると管理職と面接しなければいけないから、教員たちがタイムカードを改ざんして残業している自治体もあると聞きます。それを知らずに「うちは残業がない」と思っている管理職もいるそうで、厳しい時間管理もどうなのかなと。

堤先生 僕も教材作りが趣味なので、わかります。定時帰宅を強制されるのではなく、自分で選択できるといいですよね。

九貫先生 根性主義者のマインドセットは重要ですが、一方で、皆さんがおっしゃるように一律に時短で定時に帰らなければならないという方針が逆にプレッシャーになることはあると思います。もっと仕事をやりたい人もいれば、そうじゃない事情の人もいる。そのあたりの多様性や柔軟性が確保される環境になっていくといいなと思います。

順子先生 公立は意味があるのかと思うことが本当にいっぱいありますよね。先ほどの教育計画のお話もそうですし、学力テストの多さなども問題です。個人が働き方を変えるには限界があるので、校長や教育委員会も着手できることはやってほしいと思います。

田中先生 教員免許更新制の廃止は、免許を失効しなくて済むのでよかったですよね。僕たちは研修を受ける必要はない立場ですが、研修の見直しについてはどう捉えていますか。

九貫先生 教員の学びも「個別最適な学び」に近いスタイルで方向性が示されたことは、いいなと思いました。

田中先生 民間講座も認めたらどうかという期待の声が上がっているので、九貫先生など力がある方から学べる機会も広がるといいですよね。

九貫先生 4年ほど前、都教委や文部科学省にコミュニケーショントレーナーとして講座を持たせてほしいと問い合わせたのですが、参入は協会の後ろ盾があっても個人は難しいとのことでした。大学の所属や組織の正式な推薦などが必要らしく、そのあたりも変わるといいですね。

教育現場の活性化には「採用の柔軟化」や「副業」も必要だ

田中先生 研修だけでなく採用も変わっていくべきだと思いませんか。例えば教育現場と社会の接点が少なく、人材の行き来も活発ではない現状があります。

九貫先生 人材の流動性は高めたほうがいいと思います。それで働き方の問題が直ちに解決するわけではないですが、いろんな人たちの目が教育現場に入ってくるのはよいこと。また、仕事をアウトソーシングして社会の力を借りていくことも必要かなと思います。

堤先生 流動性の観点でいくと横浜市は人材が豊富で魅力的だと思います。正規の中途採用は、社会人がめちゃくちゃ多い。なぜなら試験が受けやすいから。僕も社会人枠で受けたのですが、教職教養試験はなく、指導案の作成、小論文と面接、模擬授業のみでした。

田中先生 堤先生は大学院を出た後、2年間の青年海外協力隊の活動を経て横浜市の教員になったんですよね。10年以上も前から横浜市は試験のハードルを下げていたのですね。

堤先生 横浜市は規模が大きいので、試験を受けやすくして流入を増やしたのではないでしょうか。その結果、中途採用者が教務主任や管理職になるなど多様性があってすごくいい。僕がいた学校では、元青年海外協力隊員が2人、帰国子女が1人、看護師から養護教諭になった人も。アパレルショップの元店長は、女子高生相手にマネジメントをしてきたから、全然怒らないしモチベーションを上げる一言とかめちゃくちゃうまかったですね。

ちなみに僕が地元に帰ると決めたとき、小学校の教員を選ばなかった理由は教員採用試験にあります。正規教員の中途は、筆記、体育、水泳、ピアノなど新卒と同じ試験をやらなければいけないんです。これでは地元に戻りたい、もう一度正規でやりたいという人にはハードルが高すぎます。

正規の教員が別の所に移りたい場合は、面接と模擬授業だけにするなど、一般企業の転職に近い形にすることが必要だと思います。教育現場も採用のあり方を変えないといい人材は取れないですよ。

田中先生 地元の大学の教育学部が教委や校長の天下りの温床みたいになっていて、新卒を重視した採用が固定化しているところもあります。そんなふうに即戦力の活用に乗り遅れる地方は今後きついでしょうね。

東京で現職教員の採用試験を始める自治体も出てきています。例えば福岡県は、1次試験免除で面接と模擬授業だけにしたら、東京のハイレベルな人材を採用できるようになったとか。正規教員の経験が10年以上ある僕たちみたいなフリーランスも条件が合えば「地元に帰りたいな」と思ったときに公務員に戻るかもしれない。地方ほど、即戦力の活用や人材の多様化には採用の柔軟化が必要ですよね。

順子先生 働き方の多様化も必要かなと思います。公立の先生にも副業OKにしてあげてほしい。教員以外の仕事で学ぶことはいっぱいあるし、子どもにもいい影響があると思います。

堤先生 僕も教科書の執筆はやりましたけど、これは学校の延長。ほかにも実家が農家やお寺、不動産など、限定的な副業は認められていますが、もっと違う分野の副業ができたほうがいいです。出会う人も変わってきて視野が広がるのではないでしょうか。

九貫先生 副業は全面禁止にする必要はないですよね。信用失墜に当たらないような枠がきちんとあれば、もっと学校も世の中も面白くなる気がします。

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田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務。2016年、主に病気休職の教員の代わりに担任を務める「フリーランスティーチャー」となる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)
(写真:田中光夫氏提供)

(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:USSIE/PIXTA)