リクルート「撤退する事業」「成長する事業」の差 撤退を「価値あるもの」にする基準やタイミング

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年間1000件近いアイデアが寄せられるリクルートの新規事業提案制度「Ring」。狭き門を突破した5~6件が実際に事業化検証に進むが、そこからも難関は続き、一定期間に条件を満たさなければ容赦なく撤退の判断が下される。新規事業開発室 部長の渋谷昭範氏は「やめるからこそ、育てられる」と言う。その真意は何か。事例とともに、同社の事業化検証の仕組みを紹介しよう。

見込みの低い事業を、容赦なく畳む意義

幅広い事業領域を持つリクルート。その各事業部でも新商品や新サービスを開発している一方、全社横断のビジネスプランコンテスト「Ring」では、リクルートが進出していない新領域のビジネスや、既存部門にとって将来のディスラプター(破壊者)になりうるビジネスを新規事業として募集し、事業化検証を行っている。

Ringから事業化検証に進んだビジネスアイデアは「ステージゲート」と呼ばれる4つのステップで育成される。具体的には、MVPステージで「本当にニーズがあるのか」、SEEDステージで「本当に収益性が見込めるか」、ALPHAステージで「本当に広く提供できるのか」、BETAステージで「もっと投資すべきか」を確認。条件を満たすと次のステージに上がり、予算も増える。大企業だからといって最初から大々的に展開するのではなく、小さく生んで大きく育てる方針だ。

リクルート プロダクト統括本部 新規事業開発室 部長 渋谷 昭範

気になるのは、各ステージで条件を満たさなかった場合の扱いだ。一般的に新規事業はトライ&エラーが基本で、時には回り道をすることもある。だからこそ、「ピボットして何とかやり続けたい」「黒字が出ているうちは存続させてほしい」といった推進者の強い気持ちを尊重してしまいがちだ。 

しかし、渋谷氏は「見込みの低い事業をズルズルと継続してしまわないよう撤退の判断基準を明確にし、新規事業のステージごとに期限を区切って、それまでに基準に達しなければ撤退になります」とバッサリ。

「漫画雑誌からヒット作品が続々生まれるのは、アンケートで人気のない作品を終わらせて、代わりに新連載を始める仕組みを持っているから。リクルートの新規事業開発も同じです。見込みのない事業を潔く畳んでいくからこそ、次の新規事業の種にリソースを投下できるのです。ギリギリ黒字になるかどうかというレベルのビジネスに優秀な社員のリソースを割くのは、会社として損失が大きい。最終的に一定基準の売り上げが見えない事業は、将来性が見込めないと判断します」

同社の撤退の判断は、想像以上にシビアだ。しかし、そもそもRingを経て事業化検証のステップに進めるのは、1000件中5~6件と狭き門。この壁を乗り越えたアイデアに対して、どのような基準で撤退判断を下しているのだろうか。それぞれのステージにおける撤退の基準と、その事例を聞いた。

撤退判断に至る、徹底した検証主義

最初の「MVP」ステージでは「本当にニーズがあるのか」を判断する。Ring通過時点では十分な調査ができていないため、最初に行うのは大量のインタビューによる深い顧客理解だ。当然、ニーズがある顧客もいれば、そうでない顧客もいる。さらに調べてみると、特殊な条件下にしかニーズがない場合や、金銭を払うほどの強いニーズがない場合もある。そうして解像度を上げていき、対象顧客の仮説が精査された段階でTAM(総獲得可能市場)が定めた水準を超えるかを試算。見込みがなければ撤退の判断が下される。

上記条件をクリアした後、「SEED」ステージでは「本当に収益性が見込めるか」を判断する。そのためには、まず見つかったニーズを満たすサービスを仮決めし、そのプロトタイプの設計とともに事業計画を試算し直す。この段階の概算で収益性が見込める構造を設計できない場合も撤退となる。概算時は楽観的な仮定が多いため、この時点で収益性が見込める設計ができなければプロトタイプ開発を行っても意味がないという。実は、この段階で約半数程度の事業が撤退となるそうだ。

ニーズが確認でき、サービスの実現性が設計できれば「本当にサービスを使ってもらえるのか」を確認する。実際にプロトタイプを開発し、ユーザーに利用してもらって目標数値に到達するかを検証する。この目標数値は、事業計画の実現性や収益性に大きな影響を与える変数をいくつか特定し、感度分析を行って設定する。同時に、収益性が見込める可能性が極めて低いと判断できる値を撤退数値として定める。こうして重要な変数を特定しているからこそ、機能も顧客数も最小限にしてスピーディーな検証が可能となる。このような数値検証を繰り返し、1つでも撤退数値を下回れば、当然撤退となる。しかし、このステップをしっかり踏むことで収益性の見込める事業であることが証明できているため、投資額が次第に大きくなる次ステージ以降での撤退を減らすことができる。その結果、無駄な投資を避けられるのだ。

そして、「ALPHA」ステージになると「本当に広く提供できるのか(プロダクト・マーケット・フィット)」を判断する。エリアを拡大したら顧客ニーズが想定以上に小さくなる場合もあれば、規模が大きくなってコスト構造が急激に悪化する場合もある。しかし、このステージまで到達していれば収益性が見込める構造ではあるため、ピボットやサービス追加の選択肢を検討する。それでも抜本的に状況を変化させられないと判断した場合のみ撤退の判断を下すこととなる。 

多様なビジネスやケースがあるので、特殊なケースには条件付きで判断するなど柔軟性も持ち合わせているが、基本的には上記のように撤退判断を行っているようだ。 

「新規事業は既存ビジネスと比較して格段に不確定要素が多く、誰も正解がわかっていない中で世の中にない新しい価値を創出していかなければなりません。そのため、私たちは答えを市場に求めます。この事業を成功させたいという強い情熱はもちろん必要ですが、市場の声に耳を傾け、数字で証明を行う冷静さも併せ持つ必要がある。このバランスが崩れると新規事業はうまくいきません」と渋谷氏は語る。このバランスの重要性がよくわかる好例を紹介しよう。

仮説の検証まで行き着けず、悔し涙も

過去のRing案件に、ウェディングプランサービス「マリタス」がある。当初のアイデアは、希望する結婚式の内容と価格を契約前に確定できるプランニングサービス。当時SUUMOを担当していた南侑里氏・星由香里氏の個人的経験が出発点だ。

プロダクト統括本部 新規事業開発室 インキュベーション部 事業開発2グループ
南 侑里

「従来の結婚式は、契約後にオプションで料金が膨らむことが当たり前でした。私の場合も、いつの間にか最初の提案より150万円も増えていた。オプションを削っても、100万円増は避けられず……。業界的に契約後の値上がりの発生が多いことに着目し、よりカスタマーにとって満足度の高いサービスを提供できるのではないかと、同僚の星さんと話したのが起案のきっかけです」(南氏)

そこに確かなニーズがあるはずだと気づいた2人だが、当時、新規事業開発は未経験。そこで同じ事業部で新規事業開発経験のある佐々田幸氏に相談。「もともと新規事業開発が好きで、喜び勇んでジョインしました」(佐々田氏)と、3人でチームを組み、Ringに応募した。 

プロダクト統括本部 新規事業開発室 インキュベーション部 事業開発2グループ
佐々田 幸

3人のビジネスプランは修正を加えつつ進化して、見事にRingの狭き門を通過。事業化検証へと進んだ。まずはカスタマーや式場にヒアリングをして、市場性や事業性、ニーズがあることを確認。MVPステージを突破し勢いづくも、プロダクトのプロトタイプを作っていくSEEDステージで、撤退が決まってしまった。その理由を、3人はこう振り返る。

「検証のポイントがずれていたんです。カスタマーの立場に立ったいちばんの提供価値だけに絞って検証できていなかった。このサービスはプランニングの簡略化がポイントだったのに、結婚式を挙げきるところまでを検証しようとしていました。考えるべき要素が多すぎることで混乱し、SEEDステージで必要な『収益性が見込める構造になっているのか』『プランニングの簡略化という提供価値でどれだけの人が使ってくれるのか』をシャープに検証しきれなかったんです。それが、撤退判断が下った理由だと思っています」(星氏)

プロダクト統括本部 新規事業開発室 インキュベーション部 事業開発2グループ
星 由香里

「私たちは、自らの体験と想いを起点にこのサービスを生み出しました。だから、世の中にも必要とされているサービスだと確信していた。その情熱を持って、不安を解消するために必要な機能をすべて盛り込み、私たちが作りたいサービスを作りこもうとしてしまっていました」(南氏) 

理想のプロダクトを作りたいという気持ちが先行して、機能過多のサービスを設計してしまい、検証するポイントが不明瞭になってしまったケースだ。

挑戦を繰り返し、学びを得ることで成功確率は上がる

撤退から教訓を得た3人は、現在新しいプランで再挑戦中だ。「過去の失敗を引きずっても何も生まれない。きっぱり新しいアイデアで再チャレンジしてみようと考え、改めて2人に声をかけました」(星氏) 

再度複数のアイデアを引っ提げRingに応募したところ、アイドルやタレント、スポーツ選手のファン同士をつなぐ「推し活」サービスが準グランプリに。ここで3人の気持ちは完全に切り替わった。現在このサービスは、SEEDステージのプロトタイプ開発にまで進んでいる。 

「結婚式のプラニングサービスにせよ推し活サービスにせよ、ユーザーへの提供価値はあると思います。でもリクルートの事業開発は、アイデアが多少よかったり、提供価値があるというくらいでは話にならない。市場をつくるレベルの価値を生み出せるかどうか。会社に投資判断を仰ぐため、それぞれのステージで何を証明しなければならないのかよく考えないと、また同じ轍を踏んでしまう。マリタスの反省を踏まえて、今度は迷いなくシャープに事業設計をしていきたいです」(佐々田氏)

3人が次に挑むプランが成功するか否か、それはまだわからない。しかし渋谷氏は「3人は前回の経験を生かして、知識も設計の能力も確実に成長している。情熱と冷静さの両方を持てたことで、周りの人の力を借りることもできている。彼女らの成長によって、事業の成功確率は大きく上がっている」と期待を寄せる。

このように、事業開発/推進に必要なスキルやスタンスは、一朝一夕に簡単に身に付くものではない。悔しい経験を経て反省し、立ち上がってまた挑戦する。その「気づき」の繰り返しによって磨かれていくものだ。リクルートには、過去の経験を糧として何度も挑戦し、成長していける文化がある。これが、リクルートから次々と新しい事業が生まれ続ける、真の理由かもしれない。

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