生誕120年、「松下幸之助」とは何だったのか 今でも色あせない「ひとことの力」

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今年は松下幸之助さんが亡くなって、ちょうど20年になります。大不況時代を迎え、今まで以上に、幸之助に注目が集まるかもしれません。

今から40年ほど昔のことでしょうか、私が松下電子工業の技術者だった頃、当時の最先端技術、LSI(集積回路)の技術を説明しろと松下グループの幹部が集まる会議に呼ばれました。居並ぶ幹部を前に説明を始めましたが、どうにも反応が鈍い。こちらも不慣れなもので詳しく話をすればするほど、くどくなる。居眠りする者さえ出る始末です。しかし、ふと正面を見ると、幸之助さんは私を見据えてじっと聞いている。時折うなずきながら、最後まで姿勢を崩さず聞いていました。

時に応じてつねに変化し成長する

説明が終わり、何か質問はございませんかと尋ねたところ、幸之助さんは「水野君、それは儲かるんかいな?」です。ちょっとがっかりしました(笑)。私も若かったもんですから「この技術を儲かるか、儲からないかで議論されたら困る」と反論しましたが、幸之助さんは別に怒りもせず「うん、そうかいな」です。

しかし彼が聞きたかったのは、今日、明日に儲かるかどうかじゃないんです。この技術が将来の松下にとって利益を生むかどうか。企業の技術開発とはそういうもんです。いい技術なら生き残るし、利益も生む。

このときもそうでしたが、幸之助さんは実に聞き上手でした。人脈も豊富で、わからないことがあると大学の研究者によく電話をかけていました。私が説明にあがると、次の日には「君はああ言っとったけど、違うんやないか」と質問が来る。その道の専門家がアドバイスしたんでしょう。大抵、的を射た質問でした。

幸之助さんは経営の神様と言われていますが、言うことがしょっちゅう変わりました。今日いいと言っていたことを、翌日にはダメと言い出す。あれこれ悩むから方針を変えてしまう。下の者にしてみればたまったものではありませんが、それは「君子豹変す」で結構なことなんです。経営者が真剣に考えるのは当然です。ハーバード大学のコッター教授は幸之助をその評伝で「永遠に成長する魂」と表現しましたが、私に言わせれば考え抜いて方針を変えてしまうのも成長しているからなんです。

だからあえて逆説的に言えば、幸之助さんを神格化しないほうがいい。その言葉を金科玉条のようにすると、本人も困るに違いない。なぜなら、時に応じてつねに変化し成長する、というのが幸之助さんの真骨頂だからです。

山田 俊浩 東洋経済 記者

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やまだ としひろ / Toshihiro Yamada

早稲田大学政治経済学部政治学科卒。東洋経済新報社に入り1995年から記者。竹中プログラムに揺れる金融業界を担当したこともあるが、ほとんどの期間を『週刊東洋経済』の編集者、IT・ネットまわりの現場記者として過ごしてきた。2013年10月からニュース編集長。2014年7月から2018年11月まで東洋経済オンライン編集長。2019年1月から2020年9月まで週刊東洋経済編集長。2020年10月から会社四季報センター長。2000年に唯一の著書『孫正義の将来』(東洋経済新報社)を書いたことがある。早く次の作品を書きたい、と構想を練るもののまだ書けないまま。趣味はオーボエ(都民交響楽団所属)。

 

 

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