テレビが助長する「日本人特殊論」の功罪 「日本、喪失と再起の物語」を読む

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本書はこれまでのステレオタイプとは違う視点の日本論を海外の人々に届ける事を目的にした本だ。だが、何より、私たち日本人が日本社会というものを見つめ直すとき、大きなひとつの視点を与えてくれる。特に日本が明治以降、脱亜入欧を目指し、脱亜には成功したものの入欧に失敗し、現在に至るも、その立場が宙ぶらりんのままという指摘にはハッとさせられる。

島国という意識が強すぎるのではないか

日本は島国である。日本人はことさらこのことを誇張する。確かに大陸から200キロメートルという距離は、日本人が同じ島国としてときに強い共感をおぼえる島国英国よりも大陸から離れている。英国はしっかりと大陸の文化の中に組み込まれていると英国人である著者はいう。

日本においてはこの微妙な距離感が日本人に及ぼした物理的、また心理的な影響がこの国の歴史と文化に様々な影響を与えていると分析する。日本人の認識がこの国の歴史と文化に影響を与えたとはいえ、このことを私たちは強調しすぎるきらいがある。著者はその点を鋭く指摘している。

『国家の品格』の著者である藤原正彦がインタビューで、東京医科歯科大学教授の角田忠信の研究結果(日本人の脳はほとんど全ての外国人と異なる働きをするという説)を例に出し、日本人は特別に情緒深く、自然を愛する能力が高いという説を披露したときには、本著の著者、デイヴィッド・ピリングはこう切り返す。

自然を愛する日本人がことさら雨を嫌がるのはなぜか、イギリス人は雨にぬれることをあまり厭わない、と。藤原の答えは「英国の雨と日本の雨はまったく違いますからね」だった。

日本の桜を深く愛するが、それは日本人の脳が脳機能マッピングで特別な働きを見せるからでも、日本人のみが持つ固有の感性でもない。桜はあくまでも日本人にとってある種の文化的な拠り所であり、親から子へと受け継がれ、詩人や哲学者によって解説されてきたものだと反論する。それは夏の美しいさかりに、村の共有の広場でクリケットとビールの苦みを特別な物として楽しむイギリス人の感性となんら変わるものではないのだ。

明治維新後に作られた日本的感覚

著者はさらに日本的なるものについて吟味する。そしてその多くは比較的に新しいものであると結論づけている。今のような形の神道と天皇のありかたや価値観も、19世紀に起きた明治維新後に作られたものであるという。

神道は元来、自然や自然現象を崇拝するアニミズムにもとづく民間信仰であったが、明治政府が神道を国家神道へと引き上げる過程で、複数存在した宗派が天皇の名のもとに統制されるようになる。また太平洋戦争後は国家神道と天皇崇拝に代わり、日本人は新たな神話を見出す。

それはGNP信仰と日本的経済成長モデルと企業文化だ。しかし、これらにも日本的なるものは本来存在しないという。政府主導の統制経済モデルは戦後、焼け野原の中で、戦後経済計画案の立役者である大来佐武朗らが、戦中の戦時経済を平時にも応用するという決断をしたことに起因する。私たちが日本的だと思い込んでいるものの多くがここ100年の間に形づくられたものなのだ。

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