「産業医」、知られざるニッチキャリアの魅力

産業医の大室正志医師に聞く「現代の病」(上)

大室:それでまた、そういう愛すべきダメな人が下北沢にはいっぱい棲息しているんですよ。たまに安いバーとかに行くと、「文才のない中島らも」とか、「歌がうまくない忌野清志郎」みたいな下北沢の住人がたくさんいる。

塩野:下北沢は小劇場のメッカだから、劇団員をはじめ、就職せずにアルバイトで暮らしている大人が多いですからね。

大室:そうそう。やたら文学とか音楽に詳しくてカッコいいのに、最後に「今日ツケでいい?」とか言ったりする。そういう姿を見ていると、自分もシモキタから出られなくなったらまずいぞと。

塩野:じゃあそこから脱出して、今では産業医になられたと。

大室:はい。でもやっぱり産業医をメインにする人は少数派でしたね。さっきも言ったように産業医という仕事は、もともと日本が工業化して水俣病とかイタイイタイ病などが問題になった頃に発達したんですよ。昔は北九州のほうなんて工場の排煙で空気が真っ黒でしたから。今の北京がPM2.5だらけみたいな感じで。

塩野:なるほど、公害が社会問題になって、何とかしなければということで産業医学が発達した側面があるのですね。

大室:そうです。それで産業医は「普通の生活をしていて人間の体に入ったこと化学物質が入るとどうなるか」というような分析や研究をやっていた。地下鉄サリン事件のとき、「原因はサリンだ」と最初に特定したのも、産業保健に近い分野の先生ですから。

ところが法律が整備されてくると、環境も良くなるし、工場でのケガも減るし、産業医のやることが減ってきたんですね。特に製造業に比べるとサービス業はやることがない。ある程度大きい会社は産業医を選任する必要があるのですが、だいたい近所の総合病院の副院長とか連れてきて、生活習慣病の指導をしてもらったりしてお茶を濁すようになる。あとはたまに役員が入院するとき、有名病院に紹介状を書いてもらうくらい。産業医というと、そういう天下り役人みたいな閑職のイメージがあったので、「産業医になるのは引退してからでいいんじゃない?」とずいぶん言われましたよ。

処方箋を出すことが産業医の仕事ではない

塩野:大室先生が産業医になったばかりの頃は、そういうイメージがあったんですね。でも今はうつ病で長期欠勤している人の雇用問題など、法的な問題について医学的な見地から意見を言うとか、感染症のパンデミックが起きたときのクライシスマネジメントとか、産業医に求められるものも多いですよね。

大室:そうです。いま、産業医本来の仕事が増えているんですよ。産業医というと、保健室の先生みたいに会社の診療所で社員を診てるっていうイメージがあります。旧来型の日本企業には自社の診療所を持っていて、風邪薬なんかを処方してくれるところもある。でも本当は診察して薬を処方するという仕事は、産業医の要件には入っていないんですよ。

塩野:そうですか。

大室:あれは要するに、産業医の先生が余った時間でそういうサービスをしていただけ。でも企業の診療所もバブル崩壊以降、廃止されるようになってきたので、本来の産業医に戻ろうという動きが出てきた。

そして幸か不幸か、ちょうどその頃からメンタル不調者の問題が目立ってきて、産業医の仕事が増えてきたんですね。僕自身、外資系企業がクライアントに多いこともあって、メンタル不調の社員の退職を巡って訴訟になりかけたことが何度もあります。それから3・11の震災後、放射線が人体に与える影響についてのクライシスマネジメント。あとは災害時などでも企業活動を継続していくために、ビジネス・コンティニュイティ・プラン(事業継続計画)というものを作成しなければいけないのですが、その作成にあたって、弁護士さんや法務部長などと一緒に産業医としての意見を述べることが増えましたね。

塩野:だんだん産業医とはどういうものかわかってきました。次回は産業医ならではの苦労ややりがいについてお聞きしたいと思います。

(構成:長山清子、撮影:梅谷秀司)

後編は10月14日(火)に公開します
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