ボランティアがつなぐ、被災地の養殖業復興 労働力提供、起業支援で生活再建を後押し

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わかめの育ち具合をチェックする阿部徳治さん

「震災前はこんなことは考えもしなかった」という民子さんの起業のきっかけは、思いがけないものだった。「息子を通じてラムズさんからアドバイスをいただく中で、被災者を対象とした起業支援の助成金があることを知った。残ったのが主人の船一艘だけで、かきのいかだもわかめの施設も全部やられたときだったので、すぐに『やりたい』と手を上げた」(民子さん)。

パソコンの使い方を教えてもらい、助成金交付の条件である従業員を雇ってスタート。当初はめかぶやサーモン、魚の切り身を仕入れて販売し始めた。その後、養殖が復興するにつれて、かきやわかめ、ホタテ貝などの生ものの取り扱いを本格化。中でも自信作はオリジナル商品で栄養価の高い天日干しわかめだ。民子さんの活躍は、一家にとって希望の星となっている。

復興支援事業終了で廃業する漁師も

夫の徳治さんは、戸倉地区で始まった水産庁補助による「がんばる養殖復興支援事業」の「わかめ・かき・ホタテ貝部会」に96人の漁師の一人として参加してきた。事業では3年にわたって赤字の大半が国によって補填されるうえ、会社員のように月給が支払われてきた。だが、その事業は12月を持って終了し、来年以降は個人経営に戻る。

そこで直面する問題が、収入の激減だ。

震災前のような過密養殖を防ぐため、漁協による養殖いかだの台数が大幅に制限されることになったためだ。わかめとかき養殖にたずさわる徳治さんの場合、台数は約3分の1に激減するという。1台当たりの水揚げ量は震災前よりも多くなりそうとはいえ、「果たして生活していけるのか」(徳治さん)との不安がよぎる。

来年1月以降は、入金がある4月まで無収入が続く。かきも来年10月にならないと収入を得られないという。

「収穫したものを加工せずに全量、漁協に出していたのではとても成り立たない。少なからぬ漁師はこれを機に廃業に追い込まれるのではないか」と徳治さんは予想する。

そうした状況ではあるが、阿部さん一家の場合は「たみこの海パックが軌道に乗ってくれば、ある程度生活のメドが立つ」。養殖業の体験などを通じて、前出の渡辺さんが企画する「ブルーツーリズム」(養殖を通じた観光)にも関与していくことで新たな収入の道も開けてくるという。

すでにパルシステム茨城と連携し、参加者の受け入れがスタート。民子さんがたんねんに選んだ海産物を販売している。

震災は被災地から多くのものを奪ったが、あちこちで新たな芽吹きも出てきた。立派に花を咲かせる日まで、ボランティアたちは寄り添い型の支援を続けていく。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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