東京タワーや通天閣「観光写真」開拓した男の人生 全国の観光地で写真撮影を手がける文教スタヂオ

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日本返還前の沖縄では有料観光施設で観光写真を販売、和歌山県の白浜や伊豆地方の観光地、全国の神社仏閣、動物園、水族館、さらには東京タワーや通天閣など都心の商業施設でも写真を撮影して販売するようになった。

こうした施設へは社長の泰三もトップセールスを行ったが、同時に現場の社員もアプローチした。文教スタヂオの特色は「この仕事が面白いと思う社員が、どんどん出て行って仕事を拡げる」ことだ。そういう形で同社のビジネスは急拡大していった。

一圓泰三、愛機を横に(写真:文教スタヂオ)

この時期、同じように「観光写真」をビジネスにしていた業者の中には、ジャパネットたかたの創業者、高田明もいる。高田はこの仕事を足がかりとして通販へと進出したのだが、「当時の文教スタヂオさんは、私の目標でもありました」と語っている。

今では、観光地に行けば、その施設にちなむ撮影セットがあり、「記念写真はいかがですか」とカメラマンがセールスしてくる、お客は、カメラマンはその施設の従業員か、地元の写真業者だと思っているが、実は全国の観光地の写真スタッフの多くが文教スタヂオの社員、スタッフだ。

彼らは聞かれればお目当てのスポットからイベントの時間、売店で売っているものまで詳しく説明することができる。施設の従業員と同様、あるいはそれ以上に施設に通じている。だから施設側にも絶大な信頼がある。これも同社の「“自分から出ていく”積極性」のなせる業だ。

大きく変わった観光写真のスタイル

筆者は多くの観光地を見て回ったが、感心したのは文教スタヂオのスタッフの接客だ。こうした観光写真は、撮られて喜ぶ人も多い反面、不要だと言う人も一定数はいる。同社のスタッフは積極的に売り込むが「要らない」と言う人にはそれ以上プッシュしない。しかしそういうお客に施設やイベントについて聞かれたときも、親切に案内しているのだ。自分たちの立ち位置がはっきりわかっているのだと思った。

バブル期以降、日本人の旅行スタイルは大きく変わった。かつては職場や町内会などの団体が温泉地などに大挙して訪れるのが定番だったが、近年は家族や仲間の少人数の旅行が中心になっている。観光写真のスタイルも大きく変わった。

大型観光バスに伴走していく先々の観光地で記念写真を撮り、団体客に売りさばいていた社員の中には、旅行スタイルの変化についていけない人も出てきた。さらに、携帯電話の普及によって、誰もがカメラを持つ時代になった。デジタル化によって写真現像というプロセスもなくなった。

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