今起きている円安の一体どこが悪いというのか 経済を知らない経済官僚に依存してはいけない

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筆者の予想とは異なるが、FRBによる2022年の複数回の利上げが、債券市場では織り込まれている。アメリカやヨーロッパで見られるインフレ率の上昇は、日本ではほとんど見られず、特殊要因などを除いた実力ベースのコアインフレ率はプラス0.5%前後と筆者は判断している。

こうした中で、インフレへのコミットが揺るがない限り、日本銀行の政策変更は到底考えられないので、FRBの政策対応への金融市場の期待の変化でドル高円安が起きるのは自然だろう。

2016年から続く現行の政策フレームワークの下で、現在は受動的な対応を余儀なくされている日本銀行は、現在の円安をどう考えているか。各国が価格上昇に直面する情勢とは異なり、需要停滞で低成長が続く日本にとっては、2%インフレの目標実現の追い風になる円安は歓迎できるのだから、日銀の金融緩和がより機能する望ましい状況になってきたと判断しているとみられる。

円安がガソリン価格をさらに押し上げるので消費者の暮らし向きが悪くなる、あるいはドル換算で計測したGDP(国内総生産)や賃金が目減りする、などを挙げて円安を問題視する論者がいるが、経済全体に対する視点を欠いた、的外れな見方だろう。

為替レートが貿易数量に及ぼす影響は低下しているが、円安によって日本企業全体の売り上げや利益が増える効果は明確である。低インフレと総需要不足の経済状況では、金融緩和と整合的に起こっている現在の通貨安のプラスの効果が大きい。

なぜ金融緩和を強化する対応が徹底されないのか

マクロ経済の観点から問題ではないにしても、ガソリン価格が急ピッチに上昇すれば、暮らしが厳しくなる家計がある。これが政治的に問題になり、対処する必要があるなら、ガソリンに課税されている税金を時限的に免除する減税政策が、低インフレが問題である日本にとっては有効になる。減税による財政政策と金融緩和を徹底する、日本経済の成長を後押しする妥当な政策対応である。

政治家が日本の官僚組織に依存すると、妥当な政策対応がなかなか実現しないことが、コロナへの対処によってより可視化されたと筆者は考えている。

同様に、コロナ禍で強化されるべき拡張的な財政政策によって金融緩和を強化する対応が徹底されなかった1つの原因は、緊縮的な考えを持つ経済官僚の存在にあるだろう。そして、円安の負の側面を過剰にフォーカスする論者は、長期にわたるデフレと経済停滞を招いた経済失政を側面支援してきたと筆者は考えている。

こうした議論がいまだに目立つことを踏まえると、日本経済が完全に正常化するにはまだ相当の時間が必要なのかもしれない。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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