東海道新幹線の「車内販売員」もう一つの重要任務 普段はコーヒーを売るが、緊急事態には大活躍

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最初は男性が流していた血を見て動揺した井上さんだったが、「このお客様を助けなくてはいけない」という気持ちのほうが勝っていた。「今、何をしなくてはいけないかをきちんと考えることができました。その意味ではいつもよりは冷静でいられたかな」。

JR東海は新幹線の乗務体制を随時見直している。2018年には、パーサーが行っていたグリーン車の改札業務を車掌の担当に切り替えた。しかし、パーサーの業務量が減ったわけではない。発車直後にグリーン車にいる必要がなくなったことで、「それまで以上に頻度を増やして車内巡回を行うこと等が可能となった」(JR東海)。乗務体制を見直した結果、一部の列車ではパーサーの人数を増やし、現在は1列車に3〜4名のパーサーが乗車している。それと同時にJR東海は「のぞみ」など一部の列車で車掌の数を減らしている。

JRCPはJR東海のグループ会社ではあるが、別法人である。つまりJRCPがこうした車内業務を行うに際して、「JRCPと業務委託契約を結んでいる」と、JR東海の担当者は話す。業務委託手数料の有無についてJR東海は明らかにしていないが、手数料は発生していると考えるのが自然だろう。

車掌業務の委託料が車販を支える?

JRCPにとってみれば、駅コンビニの台頭で車内販売の売り上げが減ったとしても業務委託手数料収入で多少は減少分をカバーできる。もちろんJR東海グループ全体では手数料は相殺されてしまうが、車掌の人数が減る分だけ、グループ全体のコストが削減できるという見方もできる。JR東海がのぞみやひかりで車内販売を維持している理由には、こんな背景があったのだ。

パーサーの仕事は車内販売以外にも多岐にわたる(撮影:尾形文繁)

コロナ禍のパーサー業務には、車内販売の売り上げが減ること以外にも厄介事がある。乗客のマスクに関するマナーだ。井上さんが車内を巡回していると、乗客から「あそこに座っている人は、食事を終えた後もマスクをしていないので注意してほしい」と言われることがある。乗客同士で注意し合うとトラブルになりかねないので、代わりにパーサーが注意する。損な役回りだが、これも乗客に不快な思いをさせないためには不可欠な仕事だ。

10月8日、JR東日本は車内販売を実施している新幹線でマスクとウェットティッシュを販売すると発表した。JR東海も昨年12月からマスクの販売を行っていた(現在は終了)。ニーズが乏しいと判断されれば販売終了となる品目もあるが、車内販売を行っていれば、時代に即した必需品を商品ラインナップに加えることができる。

緊急事態宣言が解除されたことに伴い、JR東日本は車内販売を行う新幹線でのアルコール類の販売を10月11日から再開した。東海道新幹線ではまだ再開されないが、コロナ禍は落ち着きを取り戻しつつあり、遠くない時期に販売されるようになるだろう。かつてのように乗客のマスクが不要となり、笑顔で旅を楽しめる日を心待ちにしながら、今日も井上さんはワゴンを押し続ける。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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