日本人が知らない「デジタル人民元」発行の狙い 中国が北京五輪でのお披露目を目指す理由

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中国もまた、さまざまな理由からリブラが中国国内や周辺国で利用されるのを恐れたのです。その後、中国は、リブラを念頭に国内での仮想通貨の利用を禁じました。

デジタル人民元発行の狙いは何か

狙い①人民元の国際化という国家戦略

では、中国が周辺国でリブラが広く利用されることを強く警戒した理由は何でしょうか。それはおそらく、人民元の国際化という国家戦略の大きな障害になると考えたからでしょう。

当初のリブラ計画では、リブラの価格のおよそ半分はドルで決まる設計となっていました。中国にとって、リブラはデジタル形式の法定通貨ドル、いわばデジタルドルに近い存在だったのです。国内でリブラを禁じても、それが周辺国では広く利用され、通貨面で囲い込まれることを中国は恐れました。

中国は、デジタル人民元を発行する狙いを明確にしてはいませんが、デジタル人民元発行を起爆剤にして人民元の国際化を進め、アメリカの通貨覇権、金融覇権に対抗することに最大の狙いがあると筆者は考えています。

リブラは、そうした計画の大きな障害になる可能性があったことから、中国はデジタル人民元の発行計画を早めた可能性が高いです。デジタル人民元発行の底流には、近年激しさを増す米中対立があるのです。

狙い②金融プラットフォーマーへの牽制

ただし、デジタル人民元発行の狙いは、それだけではないでしょう。2番目に重要と考えられるのが、アリペイ、ウィーチャットペイの影響力を徐々に低下させていくことなのではないでしょうか。

決済アプリのアリペイを提供する金融プラットフォーマーのアント・グループなどが、伝統的な金融機関のビジネスを圧迫しながら巨額の利益を挙げ、独占状態を築き上げてきたことを強く牽制する狙いがあると考えられます。

実際、当局は、2020年末から電子商取引最大手のアリババグループとその傘下にある金融会社のアント・グループへの規制を一気に強め、まさにアリババ・アント帝国の崩壊を図っているかのようです。アリババグループ、アント・グループが持つ大量の個人データを国家が吸収して、国民の統制に利用する狙いもあるのかもしれません。

このほか、デジタル人民元発行の目的には、紙幣の偽造対策、紙幣を用いた犯罪に関連する取引への対策なども含まれるでしょう。

しかしいずれにせよ、なぜデジタル人民元を発行するのか、その狙いを中国当局が対外的に説明することは今後も考えられません。それは、想像力を持って多方面から推察していくほかないのです。

『決定版デジタル人民元』ではその限られた情報から「デジタル人民元」にできる限り多くの側面からのアプローチを試み、分析をすることを心がけています。本書が、極めて多様な顔を持つデジタル人民元について読者が理解を深めるための一つの指針となれば幸いです。

木内 登英 野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト

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きうち たかひで / Takahide Kiuchi

1963年生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部を卒業、同年野村総合研究所入社。一貫して経済調査畑を歩む。1990年野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年野村證券に転籍し、2007年経済調査部長。2012年7月~2017年7月、日本銀行政策委員会審議委員。現在、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。著書に『金融政策の全論点』(東洋経済新報社)、『異次元緩和の真実』(日本経済新聞出版社)。

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