仕事のできない人は「人間洞察」の本質を知らない 楠木建×山口周「首尾一貫した人間なんていない」

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山口:「役に立つ」ということで価値を出そうとすればデータとスキルはとても有用でわかりやすいんですけど、「意味がある」で価値を出そうとするとデータもスキルも役に立たない。そこで求められるのは「人間性に対する洞察」で、これがこれからは競争力の中核になっていくんでしょうね。

楠木:人間洞察ということで言うと、前にも話に出たマツダという会社も僕はいいなと思いますね。この会社の特徴として、ほかの会社のクルマであってもいいクルマはみんなすごく褒めるらしいんです。

独立研究者・著作者・パブリックスピーカーの山口周氏(撮影:今井康一)

山口:そうなんですか。それは国産車でも?

楠木:ええ、国産車でも海外のクルマでも、その辺が実に素直というかおおらか。メルセデスが今よりもずっとコストをかけて造っていた、モデルでいうとW124っていうんですかね。

山口:Eクラスですね。

楠木:それでマツダの人たちは「あの頃のベンツは、ここがほんとすごかったよなぁ」みたいな話を嬉々としてするというんですね。この辺がなんとも上品でいいと思うんです。

山口:これもやっぱり「自分が小さい」という話ですね。たとえ競合が造っているものであっても「いいものはいい」と言える度量ですね。

いわゆる「三大幸福論」のうちのひとつを書いたバートランド・ラッセルというイギリスの哲学者がいるんですが、ラッセルの『幸福論』の根本にあるのは「自分自身に興味と関心を向ける人は必ず不幸になる」ということなんですよね。ラッセルは哲学者・数学者として名を成した人ですが、活動家でもあり非戦論を唱えて投獄されたりしながらも、最後にはうつ病も治ってとてもハッピーだった。

何度も離婚と再婚を繰り返しているので、「そりゃあお前はハッピーだっただろう。でも周囲の人がどうだったかはわからないぞ」とも思うんですけど、それはともかく、彼が人生において重要だったと言っているのは「自分には数学と哲学があった」ということなんです。
つまり謎を解きたい、わからないことを明らかにしたいという気持ちが強くあって、常に関心が外に向いていた。だからこれも楠木さんの言葉で言うところの、自分がすごく小さいんですね。

楠木:そうですね。

山口:とにかく解きたい謎とか、気になっているわからないことがあって、それが解けるかどうかということでずっと生きてきたら、人生を振り返ってみると結果的に「まあ、いい人生だったな」ということになったと言うんです。

データでは見えない人間の「矛盾」

楠木:警察官なのに万引きしたとか、学校の先生なのに痴漢で捕まったとか、そういう事件がときどきありますね。新聞のコメントとかでは「信じられない」という声が出てきますが、僕は「人間ってそういうもんだよな」と思うんです。もちろん犯罪は犯罪ですが。矛盾が矛盾なく同居しているのが人間ですよね。そんなに首尾一貫した、言い換えればつるりとした人はいない。

山口:まったくそうだと思いますね。基本的に「破綻している」のがデフォルトの人間の状態ですよね。サマセット・モームも「長く生きてきたけど、これまで首尾一貫している人間なんて見たことがない」と言っていますし。

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