車上生活を描く映画が「日本人の未来」を映す訳 「ノマドランド」の根源的かつ明快なメッセージ

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例えば失業や事故や病気などによって、今の仕事を続けられなくなった場合、ローンや家賃を支払えずに路頭に迷う可能性が高いのであれば、わたしたちはすでにノマドと何ら変わらない状況にあるということなのだ。市場がわたしたちを役立たずだと判断すれば、たちまち不要の烙印を押されるだけである。

かつて社会活動家の湯浅誠は「すべり台社会」と形容したが、巨大な経済システムの気まぐれによって転落したら一巻の終わりなのだ。これはすべてが金銭的価値に還元され取り引きされる、労働力や消費者としてしか社会との接点がほとんどなく、頼ることができる実質的な仲間=相互扶助のネットワークを持っていないことを意味する。

意識されない無形の資産

だが、これらは無形の資産といえるものなので、意識されないことのほうが多い。わたしたちは帰るべきホームを建物や土地だと思いがちだが、そこに温かく迎えてくれる人がいなければ廃墟や荒野にすぎない。

映画評論家のデーナ・スティーブンズが『ノマドランド』について「本作は『ホーム』の意味と価値に思いをめぐらせる。それは建物の中にあるのか。それとも車に? 家族に? 安心感と帰属感がホームなのか」(ホームレスとハウスレスは別──車上生活者の女性を描く『ノマドランド』の問いかけ/2021年4月2日/Newsweek)と問うているが、ホームは血の通った仲間内=トライブの中にこそ息づいている。

その核心にある精神は、惜しまれて亡くなった仲間をうやうやしく追悼しつつも、別れるときは最後のさよならを言わず、再会を固く信じるノマドたちのたたずまいに体現されている。そして、ファーンは自分のホームを見つけることができたのである。時空に拘束されない次元で渦巻いている、生も死も超越したところにあるホームである。

わたしたちの大半がすでに多かれ少なかれノマドたちと似た運命にある中で、この映画が指し示しているメッセージは驚くほど根源的でかつ明快である。

真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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