バイデン政権の通商政策に過度な期待は禁物 自由貿易、米中対立、WTO……アメリカ・ファーストは続く

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法的にも、TPP11(CPTPP)、オリジナルのTPP12のどちらに復帰するのかでも、大きく異なる。現在発効しているのはTPP11であって、もしTPP12にアメリカが復帰するなら、各国はもう一度後者を批准し直さなくてはならない。

他方、TPP11にアメリカが「新規加入」するとなると、TPP11はTPP12の一部条文の効力を停止しており、その大部分はアメリカが強く要求した知的財産権保護の規定だ。アメリカは新しい要求を通す以前にこの凍結中の条文の実施に各国の同意を得なければならず、交渉はマイナス・スタートになる。

さらに、2月1日にイギリスがTPP11への加入を申請した。先にイギリスが加入し、後からアメリカがこの枠組みに加わるとなれば、アメリカはTPP12交渉時に不参加だったイギリスとは関税やサービスの自由化をアメリカと一から交渉しなければならない。アメリカが本格的にTPP復帰を検討するのは、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)発効に伴う中国のアジア大洋州地域での影響力、あるいは中国のTPP11加入の本格化に危機感を抱く場合だろう。

安全保障などの貿易規制は続行も

中国ばかりでなく、日本やEUなど同盟国にも発動中の1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミ追加関税については、アメリカ内では撤廃にいまだ賛否がある。だが、少なくとも同盟国に対しては早期の撤廃が期待されている。EUは2021年6月1日に、2018年に発動した対抗措置の追加措置を予定しているが、その期日が同盟国に対する課税撤廃の期限になるだろう。しかし、ここへ来てトランプ政権が決定したアラブ首長国連邦(UAE)への課税終了をバイデン大統領が撤回しており、一抹の不安が残る。

他方、中国に対する1974年通商法301条による関税引き上げをバイデン大統領は批判しているが、同時に撤廃については慎重姿勢を示している。サキ報道官は2020年1月の米中合意第1弾の見直しを公言しているが、同盟国を巻き込んで中国と新たな合意を模索し、その過程で関税の部分的・段階的な撤廃について判断することになるだろう。

他方、トランプ政権では、輸出管理規則(EAR)、2019年国防権限法、国際緊急経済権限法などに基づく大統領権限の行使によって、ファーウェイ、中興通訊(ZTE)、字節躍動科技(バイトダンス)など、中国の通信、IT大手を安全保障上の理由でアメリカとの貿易・投資から排除してきたが、この傾向は今後も続くだろう。中国の軍民融合戦略を警戒することもさることながら、トランプ政権は監視カメラ大手の康威視数字技術(ハイクビジョン)、浙江大華技術(ダーファテクノロジー)をその顔認証技術が香港やウイグルの弾圧に貢献していることを理由に排除した。

ポンペオ前国務長官が退任間際にウイグル弾圧をジェノサイド認定し、ブリンケン新国務長官も1月27日の記者会見でそれに同意したが、このことはアメリカが中国の行為をホロコーストやルワンダ虐殺と同様の暴挙と見做したことを意味する。

国際法においてジェノサイド禁止は「ユス・コーゲンス」(jus cogens、いかなる状況でも逸脱を許されない義務)として確立しており、中国がこれに反するとアメリカが認定したことは最大級の非難と言ってよい。通商政策において人権を重視するのが民主党だが、中国の現状が変わらなければ、従来の軍事的な意味での安全保障を超えて、人権の観点からも安全保障貿易管理の枠組みを通じて中国を排除する傾向は今後も続くと考えられる。

川瀬 剛志 上智大学教授

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上智大学法学部教授。1990年慶應義塾大学法学部卒。アメリカ・ジョージタウン大学ローセンター修了。慶應義塾大学大学院研究科後期博士課程中退。神戸商科大(現・兵庫県立大)商経学部助教授、経済産業省通商機構部参事官補佐、経済産業研究所研究員、大阪大学大学院法学研究科准教授を経て現職。

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