日本と中国の「IT化」に大差が生じた決定的要因 大成功してしまったがために重い遺産を抱えた

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つぎはぎで作ったために、異常な入力があった時、反応してシステムが止まってしまうことなどが起こります。古い世代のエンジニアが2025年頃に退職することから、この問題は、「2025年の崖」と呼ばれています。

これは、2018年に経済産業省の研究会が警告を発したものです。このレポートのタイトルは「DXレポート」というものです。「DX」(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉は、一般には、「デジタル化を進めて、生産性を上げる」という積極的な意味に使われることが多いのですが、「DXレポート」が指摘しているのは、日本が後ろ向きの意味においてきわめて深刻な問題に直面していることです。このレポートは、日本のデジタル化予算の大部分がレガシーシステムを維持するだけのために取られてしまうと警告しています。

問題は、1990年頃から、情報システムが大型コンピュータから分散化されたITに移行していった過程で、日本の組織がうまく対応することができなかったことです。なぜ対応できなかったのでしょうか?

ここでは、経営者の役割を考えましょう。

レガシー問題は原理的には対応できない問題ではないのですが、そのためには、経営者が問題の本質を的確に捉えていることが必要であり、さらに、決断とリーダーシップが必要です。

アメリカでは、こうした条件を満たす人々が経営者であると考えられています。経営者とは、専門的な職業であると考えられているのです。

経営危機に陥ったIBMを救うために、ルイス・ガースナーが全く畑違いの企業であるナビスコからIBMのCEOに招かれてIBMを再建したことは、よく知られています。

ところが、日本の場合には、経営者は経営を行う専門家ではなく、その組織の中で出世の階段を最後まで登ってきた人なのです。

日本は19世紀のイギリスと同じ

したがって、デジタル化について理解がある経営者はごく少数です。本来であれば、デジタル化に関する知識は、専門家としての経営者にとって必須の知識のはずです。しかし、日本では、必ずしも必要なこととは考えられていません。これは、深刻な問題です。

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第2次産業革命が起きたとき、イギリスが立ち後れました。イギリス社会は、蒸気機関やガス灯などの技術に社会が適応してしまっていたために、第2次産業革命の主要な技術であった電気に対応できなかったのです。これと同じようなことが、いまの日本で起きています。コンピュータのレガシーシステムを引きずっているのです。

ところが、中国は、メインフレームコンピュータの時代をまったく経験していません。その当時の中国は社会主義経済であり、コンピュータの利用などおよそ考えられないような状態だったからです。

中国におけるITの進歩が著しいのは固定電話を経験していないからなのですが、メインフレームコンピュータの時代を経験していないことの意味は、これよりずっと大きいかもしれません。

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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