なにがケインズを復活させたのか? ポスト市場原理主義の経済学 ロバート・スキデルスキー著/山岡洋一訳~「売り」は「処方箋」ではなくケインズの倫理学、政治学

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なにがケインズを復活させたのか? ポスト市場原理主義の経済学 ロバート・スキデルスキー著/山岡洋一訳~「売り」は「処方箋」ではなくケインズの倫理学、政治学

評者 根井雅弘 京都大学大学院教授

 リーマン・ショック以後の金融危機で世界同時不況に陥ったとき、高名な経済学者を含めて、経済論壇では「ケインズの復活」を掲げる論者が急増した。が、現時点では、「危機」も峠を越えたと判断されたのか、少し前の勢いはなくなってきたように思える。

ただ、相変わらず先行きが不透明なのは事実なので、その点では本書の出版はタイムリーだったと言えるだろう。

しかし、昨今の世界同時不況に対する何らかの具体的な「処方箋」を探そうとして本書を手にとっても、読者は期待外れに終わるかもしれない。なぜなら、著者は、いまでこそ浩瀚(こうかん)な『ケインズ伝』の著者として有名だが、もともと、歴史家(とくに政治史)であり、経済理論や経済政策の分野で活躍してきたわけではないからだ。

本人も、そのことは十分にわきまえているので、即効性のある「処方箋」を書くよりは、20世紀が生んだ最大の経済学者・ケインズを思想・哲学・理論など多方面から解き明かすことによって、ケインズが成し遂げたことは何だったのかを伝えようとしているようだ。

ケインズ経済学について教科書的な知識をある程度もっている読者でも、たとえば、ケインズが不況時の財政出動に慎重であり、決してインフレ論者ではなかったなどの事実を指摘されて意外に思うかもしれないが、本書の「売り」は、何といっても、ケインズの倫理学や政治学を扱った第六章と第七章だろう。

前者は哲学者のムーア、後者は政治思想家のバークとの関連が深い。とくにケインズが若い頃、バークの政治学に傾斜していたことを知らない人たちはいまでも少なくない。

バークと聞いて保守主義の思想家と短絡的に理解するのではなく、ケインズがバークの中から取捨選択したもの(「思慮なき保守主義」を拒否し、「慎重さの原理」を高く評価したこと)を正確に理解する必要がある。

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