第5回 研究能力を使いこなす企業は強い?! 前編

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企業内研究者の重要性とは

そもそも文系理系を問わず、多くの企業内研究者にとって、学術論文を書くことは業務の第一ミッションではありません。したがって、企業内研究者が学術論文を書く機会は限られます。仮に書く機会があったとしても、必須業務でなく明示的な評価も得られない行為に時間や労力を費やす必然性がありません。

 また、個人的には論文を書きたいと思っていても、勤務先の規定などによって発表できない状況になっている場合も多いでしょう。企業内研究者が大学や専門研究機関の研究者ほど学術論文を書かないことは、研究機関別論文引用数ランキングトップ100に企業の名前は一つも発見できないことからもわかります。ではなぜ論文をあまり書かない企業内研究者が国の研究力に影響を与えると考えられるのでしょうか?

ローゼンブルーム=スペンサー編の『中央研究所の時代の終焉 』(西村吉雄訳、日経BP社、1998年)という本の第3章に収められた、UCバークレー、ハース・オブ・ビジネスのデイビッド・C ・モーリーとデイビッド・J・ティースの論文(「戦略的提携と企業の研究活動」)で、彼らは技術の研究開発における産学の関係について次のように述べています。少し長くなりますが引用しましょう。

こうした複数分野にまたがる研究や教育を通じて、産学共同研究は企業にとって、新しい研究分野をモニターする「窓」となり、研究者や技術者を採用するためのフィルターとなる。産学共同研究の結果が、商用可能な技術革新に直接つながることは希だろう。しかし大学の研究へのアクセスが良くなることによって、社内研究活動の効率を改善できるのである。基礎研究における発見には、応用研究の効率を改善する力がある。大学の研究などの基礎研究の経済面での成果は、この力を通じて実現される。すなわち、基礎研究の成果は、「探索」過程を効果的にする。豊富な情報をもってその仕事を行えるからである。この基礎研究が生み出すのは、個別的な発見よりは、一般的な知識であって、経済的利益にもつながり得る。
 産学共同研究から得られる経済的成果の右記のような性格は、大学との関係によって競争力を大きくしたいと望んでいる企業のマネージャーにとって何を意味するだろうか。戦略的提携や研究コンソーシアムと同様、コミュニケーションと移転のための優れたチャンネルをつくって維持することは決定的に重要である。そして、それには、卒業生の採用と、大学施設への企業人の配置転換の両方が必要不可欠だ。革新的な成果を上げるうえでの外部基礎研究の役割を述べた数少ない実証研究の一つによれば、社内に「アカデミック」ないしは基礎的な研究能力のある製薬会社のほうが、そういう能力を欠く会社より外部の基礎研究をうまく活用しているという。[Gambardella 1992]。言い方を変えれば、大学の研究は社内の研究を補完するものでなければならない。共同研究が生み出す成果を理解し活用する何らかの能力がないと、社外投資からの見返りはわずかだ。産学共同研究は、社内の基礎研究テーマを選択する際に大きな力となる。しかし社内に相補的な研究活動がなければ、産学共同研究は有効ではあり得ない。


 すなわち、大学等と交流することで、企業は技術開発において、研究開発の方向生を決めたり研究開発の目標を定めやすくなったりするというのです。大変なメリットです。それは、ビジネスの研究でも同じなのでしょうか? 次回はその点から見ていきましょう。

藤村 修三 東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授

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ふじむら しゅうぞう / Fujimura Syuzo

東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授
1955年生まれ。1978年千葉大学理学部物理学科卒。1993年千葉大学大学院自然科学研究科博士(工学)。1978~1998年富士通株式会社、株式会社富士通研究所勤務。半導体プロセスの研究・開発に従事。その間、千葉大学、武蔵工業大学非常勤講師。1998年米カリフォルニア州にてJLM Technologies設立に参加。
1999年ANNEAL Corp. (JLM Technologiesを改称) CTO. 2002~2008年一橋大学イノベーション研究センター寄付研究部門客員教授。2005年4月より現職。
1997年科学技術庁注目発明(半導体装置の製造装置及び半導体装置の製造方法)、2001年第1回日経BP BizTech 図書賞(『半導体立国ふたたび』日刊工業新聞社)、2010年東工大教育賞受賞。

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