科学的根拠が示す「老いなき世界」のリアル度 「老いは自然なもの」と考える人の決定的誤解

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ウェルナー症候群というヒトの病気がある。若年から老化が急速に進行する「早老症」と呼ばれる病気の1つで、その原因はWRNヘリカーゼというDNAに働きかける酵素の異常であることがわかっていた。

シンクレアは、酵母でWRNヘリカーゼを働かないようにすると、ヒトからかけ離れたように見える酵母であっても「老化」が早まることを見いだした。それをきっかけに、老化研究の新時代を切り開いていく。

その過程において発見したのが、老化のキーとなる分子であるサーチュインだ。ごくざっくりと言うと、サーチュインは遺伝子からの情報発現の制御に関与するタンパク質で、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という呪文のような名前を持つ小さな分子によって活性化される。

研究の経緯が、誰にでも理解できるように要領よく解説されていく。地図もなく老化という未知の大陸に踏み入っていく冒険譚のようで、どきどきわくわくしながら、次々とすばらしい景色が拓けていくのを楽しめる。これまでに行われた膨大な研究から導かれた結論は、酵母からマウス、そしておそらくはヒトまで、「サーチュインの働きが衰えることが、老齢に特有の病気を発症する大きな理由の1つ」であるということだ。

ただし、サーチュインだけが重要なのではない。といっても、たくさんあるわけでもない。ほかに、AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)という酵素とTOR(ラパマイシン標的タンパク質)の2種類があるだけだ。すなわち、たった3つのグループのタンパク質をうまく制御してやれば――もう少し詳しく言うと、サーチュインとAMPKを活性化させ、TORを抑制してやれば――「老化という疾患」を予防できて健康な長寿が手に入るというのだ。

すでに入手可能な薬やサプリメント

ここまでの話を信じたならば、答えが見えてくる。3つのグループの酵素に対して適切な働きかけをしてやればいい。そして、その方法は実際に知られている。

サーチュインの活性化には、NADの前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)や、赤ワインなどに含まれるポリフェノールとして有名なレスベラトロールが効くし、AMPKの活性化には、糖尿病の治療に使われる安価な薬剤メトホルミンが効く。TOR阻害剤は副作用が強いのだが、いずれ毒性の低い化合物が作られるだろう。

NMN摂取による具体的な効果がいくつか紹介されている。シンクレアの父はえらく元気になったし、なんと閉経していたのに月経が再開した女性もいる。そのNMNはサプリメントとして購入可能だ。

シンクレアは毎日1グラム飲んでいるらしいが、ネットで見ると安いものでグラム当たり2000円近くもする。ちなみに、シンクレアはほかにもレスベラトロールやメトホルミンの摂取などを行っているそうで、そのおかげかえらく若々しい。

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