日本が病気の予防を軽視してきた根本的な事情 エビデンスに基づいた政策立案が今こそ必要だ

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また、新たな取り組みとして、さまざまな家庭環境の中でしっかりとした食事が摂れていないことが病気の原因になっている子供や独居で他人とのコミュニケーションがないことが認知症の悪化の原因となっている高齢者など、病気の背後にある社会的な課題に目を向けて解決をしていく、いわゆる「社会的処方(薬ではなく社会とのつながりを処方する)」を推進したいと考えています。

ただ、この社会的処方は、イギリスをはじめ国内の各地で取り組みが始まっているものの、病気を予防したり、改善したりするエビデンスがあると言えるまでには至っていないと考えています。まず、モデル事業として推進し、エビデンスが蓄積されていけば、全国にも広げていくことが可能となります。

津川:医療の世界でエビデンスという言葉がはじめて使われたのは1991年だと言われています。その後、日本にも伝わってきて、日本では1995年頃から徐々に広まってきて、今ではエビデンスという言葉を知らない医療者はいないくらいになりました。

それまでは医師の経験に基づいて治療方針などが決められていたため、医師による治療方針のばらつきがありました。そのばらつきをできるだけ小さくして、どの医師にかかっても質の高い医療を受けられるようにするという目的で、EBMが提唱されるようになりました。

政策立案にエビデンスが議論されるようになってきた

政策の分野においても同様の考え方があり、利益団体のパワーゲームで政策を決めるのではなく、きちんとエビデンスに基づいて政策立案をすることで、国民にとって最適な政策が導入されるべきだという考え方が生まれました。これをEBPM(Evidence-Based Policy Making:科学的根拠に基づく政策立案)と呼び、日本でもここ数年でかなり知名度を得てきたと思います。一昔前まではエビデンスという言葉は医療界以外ではあまり聞くことがなかったので、政策の議論でこれだけエビデンスという言葉が出てくるのは感慨深いものがあります。

社会的処方は、難しいテーマです。患者の健康が社会的な問題から来ている場合に、ジム、芸術療法(美術館へ行くことなど)、ボランティア、料理やスポーツなどを「処方」することで、問題解決することを目指すのが社会的処方で、イギリスなどの国で積極的に取り入れられています。

ただし、医療者は地域にどういう美術館やコミュニティ、ジムなどがあるのかすべて把握しているわけではありません。その問題を解決するため、イギリスでは「リンクワーカー」と呼ばれる専門のスタッフ(相談役)を導入し、医療者が社会的処方するのを助ける役割を果たしているのです。イギリスは今後2年間で1000人のリンクワーカーを雇用し、社会的処方を広めようとしています。これは壮大な社会実験でどこまで効果があるのかということを、今検証している状況です。

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