「株価は暴落するはず」と考える人に欠けた視点 株価は本当に「上昇しすぎている」のだろうか

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このうちの2つについて補足したい。まず、好材料と考えられるものの3)は、従来型の全面的な金融緩和(利下げや量的緩和)や減税といった、マクロ的な(全般的な)策というより、資金繰り倒産や個人破産を避ける、という点に焦点が当たっている。

主要国では、企業向けの低利融資や補助金、社債やCP(コマーシャルペーパー)発行の支援(中央銀行による買い入れなど)、また個人向けの失業保険金積み増しや所得補填といった、当面の資金ショートに対応するさまざまなピンポイントの策が打ち出されている。

そこでアメリカの資金統計をみると、中央銀行が散布した資金量を測るマネタリーベースは、直近の今年4月分で前年比47%増となっている。これは、過去の「QE1」(量的緩和第1弾)の際の最高値である113%には、現時点では及ばない。QE1時は、2008年のリーマンショック直後の緊急事態であったからだ。

ところが、市中全体に出回っている資金量を測る、M2の前年比は、直近で18%増と、QE1時のピークである10%増を、すでに超えている。これは、米連銀が、単に銀行に国債などの買い入れで資金を注入するだけではなく、銀行の貸出債権の一部を連銀が買い取ってもよいとの策を打ち出し、銀行の貸し出し増を促しているためだと推察される。つまり、連銀が銀行に散布した資金が、銀行貸し出しという形で、経済全体に多めに出回っているのだろう。

加えて連銀は、企業が発行するCP(コマーシャルペーパー、無担保の約束手形)や社債をも購入することで、企業の資金繰りを支え、それもM2の増加に寄与していると考えられる。

つまり、連銀の資金繰り対策は、前向きに評価でき、現状は「金融危機」からは程遠いと言える。「なぜ金融危機にならないのだ」と問われても、「それが現実なのだからしょうがない」。

頭で考えるよりも「Fact is king」だ

もう1つ、悪材料の2)である米中関係の悪化についても、少し述べたい。足元のトランプ政権の対中姿勢の強硬化を受けて、「ドナルド・トランプ大統領は、株価を押し上げることが最優先事項ではなかったのか」と戸惑う声を聞く。しかし大統領の最優先事項は、再選などにより、自尊心を満足させることだろう。支持率を押し上げ、再選の可能性が高まるために、株価を上げることが必要ならそうした政策をとるだろうし、株価が下落しても中国叩きが票になると考えればそうするだろう。

特に今は、新型コロナウイルスの流行により、どうやっても景気は悪化するし、株価が下落すればコロナウイルスのせいにできる。株価がどうなろうと、大統領は自身の責でないと言えればよいのだろう。「なぜトランプ大統領は株価より中国たたきを優先するのだ」と言われても、やはり「それが現実なのだからしょうがない」。常に「Fact is king」なのだ。

馬渕 治好 ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト

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まぶち はるよし / Haruyoshi Mabuchi

1981年東京大学理学部数学科卒、1988年米国マサチューセッツ工科大学経営科学大学院(MIT Sloan School of Management)修士課程修了。(旧)日興証券グループで、主に調査部門を歴任。2004年8月~2008年12月は、日興コーディアル証券国際市場分析部長を務めた。2009年1月に独立、現在ブーケ・ド・フルーレット代表。内外諸国の経済・政治・投資家動向を踏まえ、株式、債券、為替、主要な商品市場の分析を行う。データや裏付け取材に基づく分析内容を、投資初心者にもわかりやすく解説することで定評がある。各地での講演や、マスコミ出演、新聞・雑誌等への寄稿も多い。著作に『投資の鉄人』(共著、日本経済新聞出版社)や『株への投資力を鍛える』(東洋経済新報社)『ゼロからわかる 時事問題とマーケットの深い関係』(金融財政事情研究会)、『勝率9割の投資セオリーは存在するか』(東洋経済新報社)などがある。有料メールマガジン 馬渕治好の週刊「世界経済・市場花だより」なども刊行中。

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