あの「風立ちぬ」が戦争讃美詩より問題な理由 美の追究は時として人を殺す

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──その2が「統合反転作用」。

感性には2つの実体を統合して捉える、多様の統一という働きがある。苦甘いってありますね。甘いものに苦いものを加えると、甘味が引き立ってよりおいしくなる。これと同じです。反転なので、マイナスが大きいほどプラスの効果も大きくなる。最悪の結果をもたらしたのが「散華」。戦死、とりわけ特攻で死ぬことが、一斉に散る、散りぎわのよいソメイヨシノと「散華」という言葉で結ばれて、国のために戦死することは美しいという結論になる。

音楽は人の心を「支配」できる

──歌の影響力も大きいですね。

音楽は人を殺さない、などといいますが、とんでもない。ラジオ体操の音楽は運動を誘発するように作られています。見方を変えれば、音楽が人の体を支配している。けれど、ラジオ体操をしているときに、支配されているなんて思いませんよね。支配されていることに気づかせないのは最強の支配です。「同期の桜」という軍歌がありますが、特攻隊員がこれを歌うと、心の内側から自分の気持ちを表現していると感じられる。死が美しいと歌詞に表象されると、死は美しいと心から思ってしまう。音楽の危険な面です。

『危険な「美学」』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)

──本書を書いたのは、現状を危惧しているからですか。

「散華」は今でも聞いたり、目にしたりします。これは社会全体に働きかけるので影響が大きい。今後、日本が戦争をするようなことになれば、「散華」が復活して、若者を死へ追いやる事態になりかねないと心配しています。

──どう防げばいいのでしょう。

美を追求する人は、時折立ち止まることです。知性や理性を追求しすぎる弊害はすでに言われていますが、感性の追求はいいこととされている。しかし、感性には自己反省能力がないので、放っておくと暴走します。知性、理性によるチェックが必要です。

また、人間は社会に適応するために、自分で感じ、考えることを怠りがち。感じ方、考え方は社会で刷り込まれたものですしね。知識を蓄え、思考力を鍛えて、自らの感じ方、考え方を獲得しなくてはいけません。

(聞き手:筒井幹雄)

週刊東洋経済編集部
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