この事件をモチーフにした喜劇がゲーテの『大コフタ』だ。あらすじは次のようなものだ。
侯爵夫人(=ジャンヌ)は、宮廷出入り禁止を食らいながらも王女(=マリー・アントワネット)に恋焦がれる聖堂参事(=ロアン)に対し、「自分は王女と非常に親しい」と語って信用させ、金品を巻き上げている。また、古代エジプトの大祭司である大コフタ(=大コプト)に遣わされたと自称するロストロ伯爵(=カリオストロ伯爵)は、聖堂参事や騎士をはじめとする熱心な信者に囲まれているが、実体はとんでもないペテン師である。
侯爵夫人もロストロ伯爵もお互いがペテン師であることを見破っているが、お互い自分達のペテンの邪魔にならない限りはあえて相手を暴露しないし、むしろ自分に有利に利用してやろうとお互い目論んでいる。王女の気持ちをつかむためと聖堂参事に高額の首飾りを代理購入させた侯爵夫人は、聖堂参事をニセの王女に会わせて信用を持続させようとするが、偶然このペテンを知った騎士によって、侯爵夫妻とロストロ伯爵、聖堂参事は逮捕され、悪事が露呈する。
メフィストフェレス=カリオストロ?
一見して分かるように、ゲーテは『大コフタ』の中で、首飾り事件そのものを直球で描いている。『大コフタ』の解説で訳者は、これまで日独において不当に冷遇されたことを強調しているが、その冷遇もやむを得ないように思われる。中身が、ゲーテにしては、ひねりも深みもない。幾たび読んでもその度に新たな発見や喜びのある『ファウスト』に較べると、平凡な作品とのそしりを免れ得ないだろう。
ただゲーテはカリオストロ的な人物を、代表的作品の中にも登場させている。カリオストロの精神には『ファウスト』の裏主人公ともいうべき悪魔メフィストフェレス像にかなり近い血が脈打っている。さらにゲーテが『ファウスト』を執筆する原動力ともなった伝説の中のファウストは、カリオストロの大先輩である錬金術師だ。
またディズニーの『ファンタジア』でも知られる詩(バラード)『魔法使いの弟子』を書いたのは他ならぬゲーテである。さらにモーツァルトの傑作歌劇『魔笛』で描かれたフリーメーソン的世界の指導者ザラストロはカリオストロがモデルなのだが、ゲーテはその『魔笛』の続編を執筆しようと考え続けていたのである。
こうしてみてみると、万能の巨人ゲーテは、万能の詐欺師カリオストロを非難しながらも、彼に対し烈しい興味を持ち、意外な近親性を感じていたのかもしれない。
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