MMTの命題が「異端」でなく「常識」である理由 「まともな」経済学者は誰でも認める知的常識

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これに対してクルーグマンは何を言っているのかさっぱりわからないという対応をし、ケルトンはわからないのはクルーグマンの前提しているIS‐LMのようなモデルが間違っているからだと応じている。

クルーグマンはここで、赤字財政政策という言葉で、国債を民間に向けて発行して調達した資金でもって政府支出することを指している。それに対してケルトンが同じ言葉で指しているものはまったく違う。

確かに、マクロ経済の本質としては、政府・中央銀行を一緒にした「統合政府」が、民間人に通貨という購買力を出して財やサービスを買い、それで世の中の購買力が高まりすぎてインフレがひどくならないように、徴税してそれを消し去っている。

マクロ経済にとっての効果は、国債は政府が出そうが中央銀行が出そうが同じ。それを合わせた統合政府が出した国債の純増(減)は、結局金利調整のためになされている。こうしたことは、政府取引の会計手続きをどんなふうに決めようがまったく関係なく成り立っている、人の意識を離れた機能法則的事実である。

「売りオペ」と「赤字財政支出」という2つの呼び方

ところがMMTはこれをどんな話の次元にも直截に適用する。

MMT論者は、たまたま現実の財政支出の会計手続きがこの「本質」と合致した形式の見かけであることをことさら重視する傾向がある。

私はその正誤を判断する力を持たないが、赤字財政支出に際しては、ある例では後日民間の銀行が買い戻す約束をつけた国債を中央銀行が民間の銀行から買うことで、別の例では政府支出先の業者が取引銀行に持ち込んだ政府発行小切手を中央銀行が引き受けることで、政府支出額と同じ額の準備預金が民間の銀行の資産側にまず作られるという。

これが、政府支出先業者の銀行預金に政府から払い込まれた額と一致し、この預金が給料や仕入代金として払われて世の中に貨幣として出回っていく。それに対して政府の国債発行は別途行われ、民間の銀行は国債を買った分、政府に準備預金が吸収される。

(これをもってMMT論者は国債発行が支出に先立つ財源調達でないことの表れと見なすのだが、『MMT現代貨幣理論入門』でも、政府支出に先立って国債発行で財源を用意しなければならない制度的制約をつけたとしても結局は同じということが示されているように、これは見かけの形式を巡る議論であって本質的ではない。)

このようにケルトンが赤字財政政策と呼ぶのは、統合政府が通貨を作って財政支出することである。

だから、そのために民間の銀行のもとにお金(準備預金)が出すぎて金利が下がってしまう。それを受けて統合政府が、いわば「売りオペ」で国債を出してお金を吸収することで、金利を元に戻しているのだと説明しているのである。

結果的には、ケルトンの見方で政府が「売りオペ」しすぎて、出したお金をまるまる回収して国債に換えた事態が、「クルーグマン語」で言う赤字財政支出の結果とまったく同じになる。このときにはクルーグマンの言うとおり、金利が元の水準よりも上がって当然だろう。

しかしそれをケルトンは赤字財政支出自体がもたらしたクラウディング・アウトとはみなさない。いわば行きすぎた金融引き締めがもたらしたものと解釈されることになるのだろう。

「ケルトン語」の赤字財政支出のあとで、統合政府が適切に「売りオペ」して、出したおカネを部分的に国債に換えた事態は、クルーグマン語に翻訳すれば、赤字財政支出と金融緩和が組み合わさったものと表現されるだろう。

そういうわけだから、私見では、両者は基本的に用語法の違いで行き違っているにすぎない。クルーグマン同様IS‐LMを前提してもケルトン語を表すことはできる。

クルーグマン語の赤字財政支出拡大政策はIS曲線単独の右シフトで表されるのに対して、ケルトン語の赤字財政支出拡大政策はIS曲線、LM曲線双方の右シフトで表されるというそれだけのことである。

しかし、MMTにとっては、政府支出の財源として国債を売って資金調達するというような表現をすること自体が、事態の本質をわかっていないタブー表現扱いである。国債はあくまで事後的な金利調整のために出されているという言い方にこだわる。銀行の資産であるおカネ(準備預金)と国債は、共に政府の債務であるが、前者は利子が付かず、後者は利子が付く点に違いがあるにすぎないとされている。

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