フランスワインの定着 その1:北限突破《ワイン片手に経営論》第5回

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 ただし、現在の品種改良の知識から想像すると、選抜技術、交配技術、変異技術のどれか、またはその組み合わせで実現されたのではないかと考えられます。品種改良の方法は、大きく7つ存在します。選抜技術、交配技術、変異技術、細胞培養技術、細胞融合技術、倍数体形成技術、遺伝子操作技術です。この7つの内、後者の4つは、細胞の組織構造や遺伝子に関する理解がないと応用できない技術ですので、ローマ時代には存在しません。そこで残るは前者3つです。

 選抜技術は、ブドウ畑の中で、たまたま寒冷地に適したブドウの木があった場合に、その個体を選抜する方法で、ローヌ渓谷の土地の広さを活用して、この方法が採られたという可能性も捨てがたい気がします。

 交配技術には、同一の遺伝子を持つ二個体間の交配もあれば、異なる遺伝子を持つ二個体間の“交雑”もありますが、ローマ時代に存在していた品種で交雑を試みた可能性は充分に考えられます。

 そして、変異技術ですが、これは自然界の変異を活用した自然発生的なものと、放射線などを照射して変異を誘発させる物理的なものがあります。この当時、放射線技術などはありませんが、自然発生的な突然変異の幸運に恵まれた可能性は、ありえると思われます。ブドウというのは経験的にとても変異しやすい植物であることが知られており、当時の人たちもこうした知識があったかもしれません。ワイン評論家として名を馳せるヒュー・ジョンソンによると、「突然、ある芽からよく伸びる枝が発達したり、葉の大きさや形が変わったり、果実の色が変わったりする」と記されています。特に、植物は気候の異なった地域に移すと突然変異が起こりやすく、それまで地中海の温暖な気候で使われていた品種が寒冷地に移されることで突然、変異を起こしたのではないかとも考えられるわけです。

 いずれにせよアロブロゲス族は、新品種の開発に成功し、「ピカトゥム」というワインを大量に生産しました。ピカトゥムとは「松脂を塗ったもの」という意味で、ワインを貯蔵する壺に松脂が塗られていたことから、ワインにその風味が染み込んでいたことに由来します。この成功の結果、ヴィエンヌは、ワイン取引に必要な陶器を製造する陶器工房が増加し、街が拡大していきました。そしてついに、ワイン消費地としてのガリアから産地としてのガリアに変貌を遂げ、ワイン流通の構図が大きく変化しました。アンフォラの破片による考古学的検証から、ヴィエンヌのワインが当時ローマやイギリスまで流通していたことが分かっています。

 そして、アロブロゲス族によるブドウ栽培は、現在のフランスの銘醸地ブルゴーニュ地方のワインのきっかけになっていくのでした。

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