金融庁の報告書が実はとんでもない軽挙のワケ 年金制度改革の努力を台なしにしかねない

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公的年金を考えるサイドから、民間金融機関に期待される役割についても触れておこう。それについては、この炎上の最中に公開された、私のインタビューから引用しておく(インタビューそのものは5月7日だったが、ネットに公開されたのは6月7日)。

「年金は破綻なんかしていない、『わからず屋』は放っておこう」『週刊東洋経済plus』
――これからの時代に資産運用はどう位置付けられるでしょうか。
これからは「先発」がワークロンガー(継続就業)、「中継ぎ」がプライベートペンション(企業年金や民間生命保険会社の年金保険)、「抑え」がパブリックペンション(公的年金)の「WPPの時代」になる。真ん中のP、プライベートペンションは資産運用で賄う。できるだけ長く社会参加し続け、かつ繰下げ受給で公的年金をもらい始めるとすると、プライベートペンションは退職から公的年金を受給するまでの「中継ぎ」になる。いま繰下げ受給の上限(70歳)を引き上げようとする動きもあるわけで、民間の金融機関には「抑えの切り札」となる公的年金の受給までのセットアップとしての資産運用の新商品を開発してもらいたい。これまで民間は65歳で受給し始めた年金に上乗せをする「先発完投型」を考えてきたわけだから、「先発・セットアップ・抑えの守護神」のWPPはコペルニクス的転回かな。

WPPの真ん中のP、プライベートペンションが幅と厚みを増してくれるためにも、つみたてNISAやiDeCoなどの充実は望ましいとは思う。ただし、詰めなければならない側面はいくつもある。

なぜ、老後資金を託す先が元本割れのおそれもある株式なのか、つみたてNISAは中所得者の利用もあるだろうが、この活用は、キャピタルゲイン課税が緩いとみなされているこの国で高資産家を一層優遇することにはならないか、老後の資産形成のために設けられているほかの税制優遇措置との整合性をどのように図るべきか等である。これらの問題はしっかりと議論されるべきであろう。

財政検証と参院選の15年周期

今回の金融庁報告が炎上した理由は、老後資金を考えるうえでの公的年金保険への基本知識――「将来の給付水準は絶対的なもの、固定的なものではなく、可変的なもの、経済環境等によっても変わっていくが、自分たちの選択や努力によっても変えていけるものだという」ことが、金融庁の報告からは感じ取ることができなかったことにもあったのだと思う――いったん平均値を示して、後に但し書きを添えてもメディアは報道してくれない。

今年予定されている5年に一度の公的年金「財政検証」は準備ができ次第、将来の給付水準を上げる道筋を示すオプション試算とともに発表されるだろう。この財政検証は、3年に一度の参院選とは15年に一度重なる。ちょうど15年前は、財政再計算の前身である財政再計算が2004年に行われ、「未納三兄弟」という空騒ぎで盛り上がっていた。年金が政争の具とされることから得られたものは過去において何もなかった。

財政検証が8月以降になっても、来年の国会で改革が予定されている案をまとめるのには支障はない。政局を抜きにして冷静な議論をするためにも、いっそ、8月以降に財政検証を発表することを制度化してもらいたいくらいである。そうすれば、15年に一度、財政検証や年金改革に携わる人たちが、極めて重要な時期に炎上の火中に投じられ、膨大な時間を費やされることもなくなると思うんだが、まぁ、この国ではムリなんだろう。

権丈 善一 慶應義塾大学商学部教授

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けんじょう よしかず / Yoshikazu Kenjoh

1962年生まれ。2002年から現職。社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議委員、社会保障の教育推進に関する検討会座長などを歴任。著書に『再分配政策の政治経済学』シリーズ(1~7)、『ちょっと気になる社会保障 増補版』、『ちょっと気になる医療と介護 増補版』など。

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