アジアを旅する人に襲いかかる伝染病の魔の手 予防接種を受けておかないと危険な病気に

拡大
縮小

まさにワクチンによって予防できる病気なのだが、北海道では2016年まで日本脳炎の予防接種が定期接種の枠組みから外れていた。日本脳炎ウイルスをブタからヒトに媒介するコダカアカイエカが北海道にはいないためだ。

西日本を中心に日本脳炎ウイルスはブタで蔓延している。国立感染症研究所はブタの感染状況をモニタリングしているが、2016年に四国4県で40匹のブタをサンプリング調査したところ、17匹が抗体を保有していた。うち9匹は最近の感染であった。

被害者も出ている。2015年には、千葉県在住の10カ月の男児が日本脳炎に罹患した。幸い命は助かったが、重度の四肢麻痺が残った。日本脳炎ワクチンは、3歳で2回接種、4歳で追加接種する。病気になったこの子どもはワクチン接種前で、自宅の近所には養豚ファームが点在した。

もちろん、これは氷山の一角だろう。知人の千葉県で小児科医として働いた経験がある医師は「脳炎はまれにみます。多くは原因不明として治療されます」という。

2018年、日本脳炎の患者報告数が、厚労省が統計を取り始めて以来初めてゼロとなったが、これを額面通りに受け取る医師はいない。

日本脳炎ウイルスを媒介する蚊の生息域拡大の可能性

北海道出身者は、一生、北海道で過ごすわけではない。本州はもちろん、アジア各地に出かけるだろう。

アジア各地で日本脳炎ウイルスが蔓延している。インドネシアのバリ島では2014~16年の間に408人の日本脳炎の患者が確認されているし、インドのアッサム州では2010年に154人だった患者が、2014年には744人に増加している。

日本脳炎ウイルスを媒介する多くの蚊は塩分に対する耐性があるため、温暖化やそれに伴う海面上昇により、さらに生息域を広める可能性が高い。2006年以降、それまで報告されていなかった標高3000メートル以上のヒマラヤ高原からも患者が報告されている。

このことは北海道生まれの人にとって、国内外の旅行を考える際にとても重要なことだが、マスコミが報じることはほとんどない。この事実を1人でも多くの人に知ってもらいたいと思う。

わが国では、さまざまな感染症が蔓延するアジアと行き来することを考えて予防接種体制を構築してこなかった。ほとんどの人が十分な予防接種を受けていない。夏休みに当たり、ぜひ、じっくりと考えてみられてはどうだろうか。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT