日本の現場に「失われた20年」はない ものづくり論の大家・藤本隆宏氏の提言(下)

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アベノミクスの成長戦略には、なぜ「現場」の視点が欠けているのか。現場の「伸び代」はまだ十分に残っているという、その理由とは――。ものづくり論の大家が、安倍政権がもつべき視座と日本の強みを経済成長につなげる秘策を伝授する。

藤本隆宏氏 「よい現場」が成長戦略のカギを握る はこちら

異なる四つの指標の混同

いまの成長戦略が「民間=企業」の自由と活力を重視する半面、「現場のしぶとさと潜在力」を軽視する傾向があるのは、背後に図1のような主流派経済学の「企業―産業―経済」という三層構造があるからだと思われる。しかし、現場で実証研究をする筆者にとっては、むしろ図2のような現場を基層とする三層構造のほうが、現代経済の現実により近い。

図2では、経済の土台は現場(マクロ統計的には事業所)である。一産業は同種の現場の集合体、一企業は一資本が支配する多様な現場の集合体であるが、現代の企業は国境も産業も超える存在なので、企業統計を集計しても産業統計にはならない。つまり企業と産業は上下関係ではなく水平的関係にある。企業が産業を取り込めば事業となり、逆に産業は事業の集合体でもある。

いずれにせよ経済、企業、産業、現場は、異なる指標で評価されるべきだ。これらを混同すると、成長戦略の診断や処方箋にも混乱が生じる。たとえば、不況が長引き、大きな企業や産業が衰退するたびに「日本のものづくり現場はもうだめだ」といった論調が繰り返されてきたが、明らかに上記の混同が見られる。

一国の経済のパフォーマンス、たとえば経済成長率や失業率は、信用不安、円高、財政赤字、人口動態、経営者・消費者心理などさまざまな要因が絡み、産業競争力や現場力だけでは説明できない。経済は「失われた20年」でも、現場がそうとは限らない。

企業、とりわけ大企業の財務的な業績、たとえば利益や株価も、本社の事業選択、立地選択、競争戦略、景気、運不運などの複合的な結果であり、特定の産業や現場の競争力と直結はしない。一部の有名日本企業の業績低迷をもって、日本のものづくり現場の衰退を論じるのは短絡的な反応だ。

産業の力は出荷額や輸出入額のシェアや成長率で測られ、産業の国際競争は、価格など、顧客が評価する「表の競争力」が支配する。それは、為替レートや内外賃金差といった「ハンデ」が付いた競争であり、さまざまな産業特性(労働集約度や調整集約度)の影響を受ける。そしてこれらの変化により、個別産業の盛衰は世の常である。実際、過去20年、国内自動車産業はほぼ横ばい、家電産業は縮小、化学産業は拡大基調だったが、産業トータルの貿易収支はおおむね「8勝7敗」か「7勝8敗」である。

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