マンネリ化した「テレビの笑い」は変えられるか 必要になのは"村の秩序"を打ち破る「異能」

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1980年代以降は、テレビバラエティーの質的な変化などによって、寄席番組あるいは寄席中継はお正月など“ハレ”の時期に押しやられて久しい。しかし、こと人材の面だけをとっても、『笑点』だけではいかにももったいない。

ただし、勘違いは禁物だ。彼らが出てくれるとは限らないからだ。テレビに出ることこそが出世だと信じて疑わない“テレビ村”“芸人村”の人たちとは違う、自分の世界を持っている人、例えて言うなら「取材NGの店」をどう引っ張り出すか。そのためにはやはり、ふさわしいステージを用意することが先決だ。

“テレビ村”の秩序を打ち破るような“異能”を

一方、講談の世界では、神田松之丞という時代の寵児が出現した。講談という地味なジャンルを活性化する彼もまた、人気落語家に引けを取らない“お笑いIQ”の持ち主でもある。

松之丞は本誌2019年1月号「THE PERSON」に登場した際、こんな発言をしていた。

〈もしテレビの内側の人になってしまったら、テレビに批判的なことが言えなくなってしまいます。生意気ですが、バイト感覚ぐらいのほうが自由なことが言える〉(原文ママ)

勝手に解釈すると、いわゆる“テレビ村の住人”になってしまえば、番組出演という“お座敷”がかかりやすくなって収入は増えるだろうが、芸人として言いたいこと、やりたいことを優先するには、そこそこ距離を取ったほうがいいということだろう。これはとても芯を食った考え方で、テレビが生活の場(糧)になることの危うさを捉えている。

制作者からすれば、テレビ村のしきたりやお約束を理解し、高い確率で最適解を出してくれるタレントと付き合ったほうが楽だろう。しかし、そうした“ガラパゴス”的な論理だけでは、結局似たような笑いしか生まれないのではなかろうか。むしろ従来のテレビ村の秩序を、時に大胆に、時にずる賢く、時に軽やかに打ち破ってくれるような“異能”をより積極的に発掘していくべきなのだ。

近年ではマツコ・デラックスがそうだった。マツコはTOKYO MXが発掘し、それまでのテレビタレントのあり方を変えたといっていい。女装家(あるいはドラァグクイーン)やトランスジェンダーの社会的な認知にも貢献した。

すっかりテレビ界に定着した今のマツコはともかくとして、かつてのマツコは「いつでも辞めてやる!」くらいの気概というか、秩序の破壊者としてのパワーにあふれていた。そこがまさに、マツコの真骨頂だった。

日常見慣れたもの、当たり前と思われるものを、見慣れない未知なものに見せることを、劇作家のブレヒトは「異化効果」と呼んだ。今こそ、異化効果を発揮できるタレントの発掘、そして番組企画を1つでも具現化するときだ。

(一部敬称略)

鈴木 健司 メディア・ライター/「GALAC」編集長

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すずき けんじ / Kenji Suzuki

1963年生まれ。出版社勤務、ミニコミ誌運営を経てフリーに。2020年9月号から「GALAC」編集長。

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