日本人が驚くドイツ人の「空気を読まない」気質 「忖度」なんてあり得ない徹底した個人主義

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他人に対してきめの細かいサービスを行うには、他人の感情に配慮すること、空気を読むことが不可欠だ。「自分が客だったら、こういう状況のときに何を求めるだろうか、どう感じるだろうか」とつねに先回りして考えなくては、よいサービスはできない。

だが、大半のドイツ人のモットーは個人主義、自分中心主義だ。集団の和を重んじる社会ではない。このため、忖度したり空気を読んだりすることが苦手だ。ドイツの学校や家庭でも、他人の感情に配慮するよりも自分の考えを率直かつ正直に述べることのほうが重視される。ドイツ人の間に、他人の心を傷つけるような、歯に衣を着せない発言を平気でする人がときどきいるのは、そのせいだ。

人間にはみな得意・不得意がある。例えば、私は音痴なので歌を歌えないし、楽器も弾けないし、ワルツなどのダンスもできない。そんな人間にうまく歌を歌ったり、楽器を弾いたり、ダンスをしたりしろと言うほうが無理である。それと同じように、私はドイツ人のメンタリティーがサービスに向いていないことを知っているので、初めから日本のような高水準のサービスは求めない。そうすれば、悪いサービスを受けてもイライラしないのだ。

「24時間営業」がなくても困らない理由

ただし、サービスの水準が低いためにドイツで非常に困ることがあるかというと、そういうわけでもない。例えば、日本のように24時間開いているコンビニエンスストアがなくても、生活には困らない。深夜から早朝まで、好きなときにおでんや鶏の唐揚げ、電球、靴下、のし袋から漫画本まで買える店がたくさんあるのはすごいことだとは思うが、そういう店がなくても、それが当たり前になれば、別に不便は感じない。

ドイツでは平日の午後8時以降や、日曜日・祝日にはガソリンスタンドなどを除くほとんどの店が閉まっていることは前述したが、事前に買い物をしておけば問題はない。要するに買い物の段取りを少し変えればよいだけの話である。ドイツに来たばかりの日本人駐在員は戸惑うだろうが、時間が経てば慣れていく。

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ホテルでも、深夜に腹が減ったときのおにぎりなどは準備されていないし、ズボンのファスナーが壊れたときに無料で直してくれるサービスもない。1990年代の後半に東京のあるホテルに泊まったときには、エレベーターの前に和服姿の従業員が立っていて、客のためにエレベーターを呼ぶボタンを押してくれた。こんなサービスもドイツではありえない。

ドイツ人にとっては、このようなサービスよりも宿泊代が安くなることのほうが重要だ。ドイツは社会保障制度が充実した高福祉国家である。企業は社会保険料の一部を負担しなくてはならないので、人件費が高くなる。客のためにエレベーターのボタンを押す係を雇うと、そのための人件費が宿泊料金を押し上げる。ドイツ人の目には、そのような仕事は「無駄」と映る。そして「過剰サービスを削って、そのぶん宿泊料金を安くしてほしい」と考えるのだ。

熊谷 徹 在独ジャーナリスト

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くまがい とおる / Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に『ドイツの憂鬱』『新生ドイツの挑戦』(ともに丸善ライブラリー)、『あっぱれ技術大国ドイツ』『ドイツ病に学べ』『住まなきゃわからないドイツ』『顔のない男 東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(すべて新潮社)、『なぜメルケルは『転向』したのか ドイツ原子力四〇年戦争の真実』『ドイツ中興の祖 ゲアハルト・シュレーダー』(ともに日経BP社)、『偽りの帝国 フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(文藝春秋)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)、『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞。ホームページ:http: //www.tkumagai.de

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