福岡の看護師が「8度の国際支援」で達した境地 紛争・災害・難民…過酷な現場に向かう理由

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「派遣に出ていた数カ月間に、医療のシステムや国の制度がどんどん変わるので、情報をアップデートすることがいちばん大変。管理職になると、なおさら難しさを感じるようになりました。

病院では皆さんに温かい言葉をかけてもらい、サポートしてもらってありがたい反面、私が海外に出る間は病棟の人手が減ることへの心苦しさ、自分の役割が果たせなくなるというジレンマに陥り、両方バランスよくできないかと模索していました」と打ち明ける。

海外では自分の思うようにいかず、「ここが限界かもしれない」と思ったこともある。日本では、自分のあり方を模索する日々。それでも海外に行き続けるのはなぜだろう。

「子どもの笑顔が大好きなんですよ。現地の子どもたちが笑う顔は本当にキラッキラ輝いていて、そんな顔を見たくて続けている気がします。子どもが健全に笑っていられるように、現地の皆さんを少しでも支援していきたい。患者さんや家族やスタッフが元気に笑って過ごしている姿を見ると、すごくうれしくホッとして、この人たちはよくなっていくなと思えるんです」

井ノ口さんが選んだ新しい道

井ノ口さんの両親は、危険を伴う地に行く娘を今でもずっと心配しているという。それでも海外でなければいけないのか。

井ノ口美穂(いのくち・みほ)さん。1973年福岡県朝倉郡生まれ。1996年に福岡赤十字病院で働き始め、スーダン、ケニア、アフガニスタン、パキスタン、ミャンマー、バングラデシュに派遣されて、2018年12月末に南スーダンの紛争犠牲者救援から帰国した。2019年2月からICRCに勤務。2017年長崎大学大学院ヘルスイノベーションコース修了(著者撮影)

「日本には優秀な看護師や助産師がたくさんいます。でも、海外の過酷な環境で働ける人は限られていて、私は現地の医療をよくしていきたいんです。

そのために全力を捧げたくて、1月末で日赤を退職し、ICRCに転職することにしました。これからは海外救援の道1本で生きていきます。働ける限りは働き続けたい」

早くも2月半ばから、アフガニスタンの病院で任務に就いている。

取材前、勝手ながらナイチンゲールのように優しい女性をイメージしていたけれど、実際の井ノ口さんはキリリとしている。

そう伝えると「いやあ、ナイチンゲールもめちゃくちゃ厳しかったらしいですよ」と笑って応じてくれた井ノ口さん。厳しさと優しさを兼ね備え、今ごろアフガニスタンで現地の医療に情熱を注いでいることだろう。

佐々木 恵美 フリーライター・エディター

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ささき えみ / Emi Sasaki

福岡市出身。九州大学教育学部を卒業後、ロンドン・東京・福岡にて、女性誌や新聞、Web、国連や行政機関の報告書などの制作に携わる。特にインタビューが好きで、著名人や経営者をはじめ、様々な人たちを取材。

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