基礎的財政収支の黒字化、1年前倒しの謎 5年に1度の「年金財政検証」にも影響する

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5年前の2014年の財政検証のときには、経済前提として内閣府の中長期試算が大いに参照された。当時の中長期試算では、より高い成長率のシナリオを「経済再生ケース」、より低い成長率のシナリオを「参考ケース」と呼んでいた。年金の財政検証では、経済再生ケースを前提とした推計をケースA~E、参考ケースを前提としたケースF~Hの計8通りの検証結果を公表した。

「年金の検証、またも安倍内閣の鬼門になるか」で詳述したように、ケースA~Eは楽観的な経済成長を前提に、所得代替率が50%を割らずに100年後にも年金積立金が払底しない、いわゆる「100年安心」であるとの検証結果となった。ところが、ケースF~Hは成長率が低いことも影響し、所得代替率が50%を割る結果となった。

これを厚生労働省が正直に公表した点は良心を示したといえるが、低成長だと、年金改革を行わないと「100年安心」ではないことを示唆している。

保守的な経済前提を使うとどうなるか

そして、今年の財政検証。前回を踏襲するなら、経済前提は中長期試算の2019年1月試算を参照することになろう。前回検証の経済再生ケースは、今回検証では前掲の成長実現ケースが対応する。前回の参考ケースは、今回はベンチマークケースである。

焦点はそのベンチマークケースの経済前提である。2018年7月試算のベンチマークケースでは、全要素生産性(TFP)上昇率(いわゆる技術進歩の進捗率)を1.0%と置いていた。1.0%は、前回の財政検証で使われた参考ケースと同じであり、1983年2月から2009年3月までの平均値である。TFP上昇率を高く仮定すると経済成長率も高く推計される。これを、2019年1月試算のベンチマークケースでは、0.8%に下方修正した。0.8%とは、2002年1月以降の平均値である。

直近の日本経済の状況を適切に反映し、保守的な経済前提を示したという意味でこの点は評価できる。今年の財政検証にこれをそのまま用いるとよい。ただ、経済成長率はその分低く推計されることになるから、年金の財政検証の結果はより厳しいものになる可能性がある。虚心坦懐に検証結果が国民に示されるのを待ちたい。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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