坂田藤十郎 扇千景 夫婦の履歴書 坂田藤十郎・扇千景著 ~伝わってくる生きることに挑戦的だった時代の空気

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坂田藤十郎 扇千景 夫婦の履歴書 坂田藤十郎・扇千景著 ~伝わってくる生きることに挑戦的だった時代の空気

評者 映画監督 仲倉重郎

 日本経済新聞の「私の履歴書」は長い歴史があるが、夫婦で履歴書を書いたのは、この著者ご両人が初めてだという。

夫の坂田藤十郎は、上方歌舞伎の名優で人間国宝である。10歳で中村扇雀として初舞台を踏み、その後中村鴈治郎を経て、2005年に藤十郎を継ぎ231年ぶりに名跡を復活させた。

22歳で「曽根崎心中」のお初を演じたことが人生の転機だった。若い女形に人気が沸騰、扇雀ブームが起き、映画にもたくさん出る。特に『女殺し油地獄』は忘れられないという。

近松に傾倒してから坂田藤十郎を意識し始める。元禄時代、「江戸の団十郎、上方の藤十郎」と並び称された名優である。そのころのように、上方と江戸の両方が栄えるよう藤十郎の名跡を復活させたいと思うようになった。芸一筋だが、波乱に富んだ「履歴書」である。

妻の扇千景は神戸の出身で、高校時代はテニスが得意なスポーツウーマン。女子大へ行けという父親に反発、「宝塚」に進む。去年まで参議院議長だったので、若い人は宝塚スターだったことを知らないかもしれない。

舞台デビューした直後、映画女優に転じ東宝専属となる。共演した扇雀の熱烈なアタックをうけ25歳で結婚。婚約披露記者会見も「出来ちゃった婚」も、2人が最初だという。だが梨園の妻におさまるのは難しい。義母と厳しく対立する。長男が生まれると、夫に迫って親子3人で東京に移る。1年後にはテレビドラマで女優に復帰。やがてワイドショーの司会者となり、その後政界に進出した。

千景の「履歴書」には、自立した生き方をした強い女性の歩みが描かれている。もちろん夫の理解力のおかげもあろう。

本書からは、自由に生きることに、今よりずっと挑戦的だった時代の空気が伝わってくる。

さかた・とうじゅうろう
1931年生まれ。41年2代目扇雀を名乗り初舞台。81年近松座を結成。90年3代目中村鴈治郎、2005年坂田藤十郎を襲名。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者。
おおぎ・ちかげ
1933年生まれ。宝塚音楽学校を経て54年女優に。58年結婚。77年参議院議員。以後、建設相、運輸相、国土交通相など経て2004年参議院議長。07年政界引退。

日本経済新聞出版社 2100円  272ページ

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