「専業主婦の妻ありき」の海外赴任に物申す 「妻の就労ブロック」へのぬぐえない違和感

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たとえば女性が赴任して子どもを帯同し、夫は単身で日本に残るというケースも出てきている。この場合、エミコさんのケースのように、母親と同じタイミングで子どもたちも渡航し、子どもを預けられる場所もないまま、住む場所のセットアップ、学校見学や手続きなどを、仕事の開始と同時にしないといけなくなる(なお男性の赴任で子どもを帯同し、妻のみ日本に残る場合はまったく同じ問題が発生するが、このパターンは極めて少ない)。

これはほぼ不可能なので、現状では子どもの祖父母が子どもに同伴して、1カ月程度現地に住んでサポートするなどのケースが多い。だが、男性の赴任で妻が帯同する場合にはその渡航費補助が出るのに、祖父母の場合は補助が出ないなど、「これまでの駐在」に比べて企業からのサポートが手薄になりがちだ。

転勤の仕組みを見直す時期にきている

こうした事態を受けて、マニュアルを見直す企業も出てきている。私が運営している「海外×キャリア×ママサロン」というオンラインサロンでは、女性の赴任者向けに下記のような変更が実際にされたという事例報告や要望が挙がったりしている。

▼着任前に転勤先で託児所や学校などを見学・手続きしたり、通園通学に便利な場所での家探しができるよう、出張する機会や長めの支度休暇を設ける
▼着任直後に子どものケアをする人、子どもが数カ月遅れて帯同する場合の同行者などが、赴任者の配偶者以外である場合(祖父母であることが多い)にも、渡航費用の補助が出る
▼現地でのメイド・シッターを紹介したり、契約の補助をしたりする

 

本来は、早めの内示や十分な支度休暇などは、海外赴任する男性に対しても適用されるべきだ。出発前日まで日本で仕事をして、到着してすぐ現地勤務がはじまり、なかなか家財道具をそろえ、段ボールをあける暇もないということもある。

そのようなハードスケジュールで赴任者を動かす企業は、その枠組み自体が「妻の内助の功」に期待をした専業主婦前提の枠組みだとも言えるかもしれない。働く妻たちの中には、いま「内助の功」に報いる福利厚生も手放す覚悟があり、であれば、企業はそこに頼った転勤の仕組みも見直すべき時が来ているのではないだろうか。

異国の地は事業や生活環境が厳しいことが多く、赴任者本人が大きなストレスを抱えることもある。駐在した夫は人が変わって、夫婦げんかのたびに「日本に帰れ」と妻に暴言を吐くようになってしまったというケース、駐在本人や家族の鬱から帰国や離婚につながるケースなども、決してまれではない。

多様な駐在が増えるなかで、赴任者本人からも配偶者の立場からも、「赴任期間が読みづらく、直前に急転直下で判明する」ことの負担も大きいとの声も上がる。

世代によっては親の介護を同時期に抱えるという課題もあるなかで、不必要な転勤を減らす、本人の意思をもう少し尊重する、ということも検討する必要があるだろう。社員を海外に派遣したい企業は、「専業主婦の妻ありき」という発想から脱し、さまざまな家庭に配慮ができる枠組みを作っていく必要があるのではないか。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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