「万引き」を止めたくても止められない根因 誰もが依存症に陥る可能性を秘めている

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――万引きで繰り返し捕まった人への処罰のあり方にも異議を唱えていますね。

先進諸国の場合は、治療的司法(TJ:Therapeutic Justice)という枠組みで刑罰以外の処遇が司法の制度に組み込まれているが、日本は処罰のみに偏っている。処罰が効果的なまだ常習化していない対象者の層もあるが、嗜癖化している層には逆に再犯防止効果は薄く、監視や厳罰化が問題行動を亢進するのに役立っているケースもある。

万引き依存症者に反省を促したところであまり意味がない。そのときは反省していても、ある特定の条件がそろうと、スイッチが入るように行為に及んでしまうからだ。つまり、反省の深さと再発率にはほとんど相関性はないのだ。よく、依存症者に対して反省してないから意志が弱いから再犯を繰り返すのだという人がいるが、それは違う。彼らは逆に非常に意志が強いから、やるとなったら強い意志を持って実行する。

そもそも300円のものを盗んだ窃盗犯を仮に刑務所に入れておくのにかかるコストは1人当たり年間300万円以上もかかる。出所すれば再犯に至ることがわかっていながら、その都度刑務所に入れ、その都度これだけのコストが税金で賄われているという現実を放置すべきではない。依存症者にとって有効なのは刑罰ではなく治療なのだ。

ストレスは依存症への扉を開くカギ

――斉藤先生のクリニックでは、具体的にはどのような治療を行っているのでしょうか。

週3回以上の通院治療が基本で、目指しているのは、「盗めない環境で盗まないのではなく、盗める環境で盗まない」こと。専門のワークブックを使って自分の犯行パターンを可視化し徹底的に振り返り、何がトリガーとなっているのかを理解し、盗まないためのスキルを身に付けていく。同じ問題を抱える仲間とつながり、ともに時間を過ごすので、体験を分かち合うこともできる。

――依存先を多様化することの重要性も説いています。

『万引き依存症』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

過度なストレスが継続的かかって、他者に助けが求められなければ誰でも依存症やこころの病に陥る可能性を秘めている。彼らは特別な人ではない。逆説的だが、人に依存するのが下手なのだ。自分は依存症にならないと思っていた人が、依存症になった例は無数にある。ストレスは依存症への扉を開くカギだ。

しかし、社会で生活する中で、ストレスを回避することはできない。ストレスを受け続けても依存症にならないためには、ストレスを発散させるための依存先を多数持つことが重要。そして逃げることはもっと重要。動物はいのちの危険にさらされたら逃げる。

逃げないのは人間だけ。これをコーピングと言うのだが、たとえば会社以外にストレスを発散できる場所をいくつも持っていれば、どれか1つに集中してしまうリスクを回避できる(依存先の分散)。重要なのは早期発見・早期治療。万引き依存症も、治療的司法(TJ)の発想から「クレプトマニア・コート(アメリカの薬物裁判の概念を病的窃盗に適用したもの)」のように刑罰と治療がセットになった処遇が盛り込まれるようにならないと、再犯率は下がらないと思う。

伊藤 歩 金融ジャーナリスト

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いとう・あゆみ / Ayumi Ito

1962年神奈川県生まれ。ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計だが、球団経営、興行の視点からプロ野球の記事も執筆。著書は『ドケチな広島、クレバーな日ハム、どこまでも特殊な巨人 球団経営がわかればプロ野球がわかる』(星海社新書)、『TOB阻止完全対策マニュアル』(ZAITEN Books)、『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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