在日一世の記憶 小熊英二・姜尚中編 ~帰らず、あるいは帰れず 日本で生きる52人

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在日一世の記憶 小熊英二・姜尚中編 ~帰らず、あるいは帰れず 日本で生きる52人

評者 映画監督 仲倉重郎

 冒頭で編者の一人姜尚中は、「在日一世」と聞いて多くの日本人はどんなイメージを持つだろうかと問う。朝鮮と日本をまたぐ彼らの生涯には、「二〇世紀東アジアの『極端な時代』の陰影がしっかりと刻み込まれている」のだという。

本書に登場する「在日一世」は全部で52人。実にさまざまである。強制連行されてきた者ばかりではない。仕事を求めて渡日した者、あるいは日本で生まれた者、中には戦後、故国での政治活動で罪に問われて脱出してきた者もいる。無名の生活者というよりは、社会的に一定の位置を占めている人が多い。

だが皆、何十年も故国に帰らず、あるいは帰れず、日本で生きることを余儀なくされた人たちである。だから肉声でたっぷりと語られるその歴史は、どれも平坦なものではない。

近年、聞き取りは「オーラルヒストリー」として注目を集めている。「冗舌なおしゃべりとは正反対の、言葉の命が宿っている」からである。それにしても、新書で781ページはすごい。普通の3、4冊分はある。恐るべき厚さである。

驚いたのは「皇国日本」を信じていた少年がいたことだ。よく考えれば不思議ではない。それこそ植民地時代の証しというべきなのだろう。17歳まで天皇は神だと信じていたという詩人は、解放後の21歳、済州島での武装闘争に敗れ日本に逃亡する。以来、「『在日』を生き通すこと」が命題だという。

また大阪コリアタウンの実業家は言う。「一世、二世の時代は本国志向でした。でも三世、四世にとっては、今後、日本社会とどうかかわり合っていくかということが大きな課題になります」。それはまた「在日」とどうかかわるのか、編者小熊英二の言う「日系日本人」にも問われていることでもある。

おぐま・えいじ
慶応大学総合政策学部教授。1962年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。著書に『単一民族神話の起源』『民主と愛国』。 
カン・サンジュン
東京大学大学院情報学環教授。1950年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。著書に『悩む力』『在日』。

集英社新書 1680円 781ページ

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