社会保障への不勉強が生み出す「誤報」の正体 名目値で見ても社会保障の将来はわからない

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新聞の誤報は社会保障の数値をめぐっても起きている(写真:Fast&Slow / PIXTA)

まずは、間違い探しから始めてみようか。

次の3つの記事は、日本経済新聞の社説からである。

「社会保障給付費の長期推計は、このままだと医療・介護や年金を持続させられないおそれを映し出した。(中略)年金と医療・介護、育児支援などを合わせた給付費は現在121兆円強。厚労省と財務省などが一定の前提をおいて推計した結果、2040年度に190兆円となる。およそ70兆円の増加だ」(2018年5月22日)

「(2009年2月の年金財政検証での)苦肉の策は、積立金の運用利回りを4.1%と高めに想定したことだ。2004年時点の想定は3.2%、実績は2001~2007年度の平均で2.3%だった。(中略)どうみても過大だろう」(2009年2月24日)

「2009年の検証では、年金積立金の超長期の運用利回りを標準ケースで年4.1%に設定した。これは『現実的でない、甘過ぎる』という強い批判を浴びた」(2014年3月8日)

記事に含まれる間違いは何か?

いかにももっともらしく見えるが、これらの記事には実に面白くはあるが罪深くもある間違いが含まれている。しかもその間違いは、根底において原因が同じである。

1つ目の社説にある190兆円という値は、2018年5月に、65歳以上人口がピークを迎える2040年(正確には2042年)を対象に、社会保障給付費がいくらになるかを試算した報告書「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」の中の数値である。これまで政府が示す社会保障給付費の試算は、2025年までのものしかなかった。それがこのたび初めて、2040年までの試算が示された。

実は、年金や医療をはじめとした社会保障給付費の長期試算は、まず、GDP(国内総生産)や賃金の伸びが前提とされ、これらの変数の一定の割合だけ年金や医療をはじめとした給付費が伸びるという方法で試算されている。したがって、GDPや賃金の伸びが前提と異なると、社会保障給付費の額も、当然異なってくる。

こうした方法の下では、長期試算の社会保障給付額を190兆円というような名目値で議論しても意味がなく、この数値は、社会保障の将来のありようを考える際の「議論の素材」としてはまったく使うことができないのである。

加えて公的年金の収支は、制度上、賃金に連動して上下する。ゆえに、2つ目と3つ目の社説にある、名目の運用利回り4.1%という数値も完全に意味がなくなってしまう。このあたり、公的年金を語るうえでは必須の基礎知識なのであるが、あまり知られていないので、まずは年金から説明しておこう。

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