日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か 隷属状態からの脱出が日本の最重要課題だ

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白井:かつ、「国体」は、明治維新によって一瞬でできたわけではない。誕生から崩壊までいくつかのプロセスを踏んでいる。「戦後の国体」への従属、つまり対米従属体制も同じで、今のような自己目的化した従属がずっと続いてきたわけではない。

しかし、そもそも、敗戦の時点でも「アメリカ許すまじ」とはならなかった。それはひとつには、アメリカに負ける前にすでに己に負けていたからだと思います。たとえば、特に悲惨を極めた南方戦線では、弾に当たって死んだ兵士よりも、餓死やマラリアで死んだ兵士のほうが断然多かった。これはもはや戦争と呼べるようなものではなく、飢えた兵隊が熱病に冒されながらジャングルを彷徨(ほうこう)していたと言ったほうが正確です。

だからあの戦争が終わったとき、人々の間にはとてつもない解放感が広がったわけですね。負けたことよりも、とにかくこんなばかげた状態が終わってうれしいということになった。それは要するに「国体」から解放されたということだった。そういう意味では、アメリカに負ける前に自分たちの社会の病理のようなものに負けていたということではないでしょうか。

思考を奪う「国体」という病

國分:それは別の言い方をすると、そもそも日本は戦争に勝とうとしていなかったということになりますか。去年の夏にNHKがインパール作戦の番組を放映して話題になりましたが、イギリス軍がたとえば兵站(へいたん)でも合理的な作戦を立てて戦争に臨んでいたのに対し、日本軍は精神論で突き進んでいった。合理的な作戦を立てている軍隊に対して精神論で挑んでも、勝てるはずがない。

これを見るかぎり、日本軍が本気でイギリス軍に勝とうとしていたようには思えない。日本は最初から戦争に勝とうとしていなかったから、実際に負けたときにも、負けたことに対して何とも思わなかったのではないかという気がします。

白井聡(しらい さとし)/政治学者。1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は社会思想、政治学。京都精華大学人文学部専任講師。おもな著作に『永続敗戦論』(石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞、太田出版)、『属国民主主義論』(共著、東洋経済新報社)など(撮影:恩田陽)

白井:負ければ大変なことになる、そして現実に敗色濃厚になりつつある。それらは自明だったわけですね。そうなると、もうそんな現実は見たくない、というメンタリティではないでしょうか。そういう意味では1945年の敗戦以前に「敗戦の否認」をしているのですね。「国体護持」を唱えながら、国を真剣に守るという思考が停止していたのです。

で、敗戦の事実が確定した後にも、それをだらしなく続ける。だから、関係者たちの責任が放置され、今日でも追及が甘い。インパール作戦では、作戦を立てた牟田口廉也(むたぐち れんや)の責任は極めて重いわけです。この点についてはインパール作戦を検証する番組などでも論じられます。しかし、牟田口が戦後も何の罰も受けずに天寿を全うしたことはほとんど取り上げられません。彼はあれほどひどい作戦を遂行したのに、畳の上で死んでいるんです。そのことには全然光を当てない。

これは731部隊もそうですね。731部隊が戦時中にいかにひどいことをやったかについては何度も論じられているので、そのことは広く知られているわけです。だから今日では、731部隊の連中が戦後も活躍し、ついには薬害エイズ事件まで引き起こしてしまったということに関心を向けさせるべきです。

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