生活保護が命綱、幻聴に悩む31歳男性の苦境 コンビニバイトでは「罰金」が日常だった

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10年前、コウキさんが地元を離れたいと思ったのは、刑務所を出所した直後。犯罪を繰り返すにつれ、父親や兄との関係が悪化したからでもあった。5年前にネットカフェで初めて幻聴が聞こえたのも、刑務所から出たばかりのことだったという。

一方で、コウキさんの物腰や口調は終始穏やかだった。喫煙者と聞いていたが、私がたばこを吸わないと知ると、長時間にわたる取材にもかかわらず、1度もたばこに火を付けようとしなかった。

「生活保護は俺の命綱です」

コウキさんは「ストレスを限界までため込んで、爆発するところがあるみたいです」と自身を分析する。そして、家族への気持ちをこう打ち明けた。

「父親からは『いつか人を殺すんじゃないか』とあきれられたけど、俺からは(育ててくれたことへの)感謝の気持ちしかありません。兄は、連絡先を聞いても教えてくれません。でも、それも俺のせいだから、仕方ないです」

取材中、コウキさんが薄い色が入った眼鏡を外し、目元を見せてくれた。どす黒いクマがあった。「昨日も眠れなかったんです。昼間は頭が痛くて、気持ちが悪くなります。働けない体になって初めて生活保護がどんな人に必要な制度なのかわかりました。生活保護は俺の命綱です」。

誰のせいなのか、という話をするならば――。彼が犯した罪は別にして、悪いのは、いじめの加害者であり、それを放置した学校や教師であり、アルバイトから搾取する会社であり、生活保護を食い物にする貧困ビジネス業者である。

不当な働き方を強いられたときには、行政機関や労働組合に相談するという手段があるし、生活保護の利用中に収入申告しないことは不正受給である、と指摘することは簡単である。しかし、彼はこれまでの人生の中で、どこでそれらを学べばよかったのか。

つい先日、コウキさんは担当ケースワーカーと相談し、行政の保護施設から賃貸アパートへと引っ越した。社会復帰に向けた第一歩である。

コウキさんが住むアパート。最寄り駅までは徒歩30分ほどかかるためバスを利用しているという(編集部撮影)

まだカーテンもない室内は、どこか心もとない。室内にあるのは、布団一式とわずかな衣類だけ。隅にはコンビニ弁当の空箱が5、6個積まれていた。洗濯機がなく、手洗いして窓際に干したというタオルからは生乾きのにおいがする。

とにもかくにも、コウキさんの新たな生活が始まった。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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