平成最後のダービー「福永祐一」が見せた誇り 19度目の挑戦で初制覇、福永家の悲願達成

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皐月賞では1番人気に支持されたが伸びを欠き7着。当初から陣営はダービー向きと公言していたが、大外17番枠を引いて今回は5番人気となっていた。それでも福永祐一騎手は外枠からスタートを決めるといつもより前で競馬を進めた。

人気2頭を見ながら好位を進み、勝負どころでは2頭を内に閉じ込めた。直線逃げ込もうとするエポカドーロをワグネリアンが追い詰め、最後は外からねじ伏せた。福永祐一騎手にとって19回目の挑戦で悲願のダービー初制覇。

天才と言われた父福永洋一さんからの悲願だった福永家の夢を実現させた。ディープインパクト産駒はダービー4勝目、友道康夫調教師は一昨年のマカヒキに続くダービー2勝目、オーナーの金子真人HDは馬主として史上最多のダービー4勝目となった。

この日の東京競馬場の入場者は12万6767人で昨年より2・4%増。ダービーの全国の売り上げは262億9283万4800円で昨年を5・3%上回った。平成最後のダービーにファンは熱狂した。

あんなにがむしゃらな福永祐一を見たのは初めてだった。筆者はあえて言う。あのがむしゃらさと気迫が足りなかったとずっと思っていた。ついにつかんだダービージョッキーの座。福永騎手にとってキングヘイローでの初挑戦から20年。

19回目での初制覇は父福永洋一さんのライバルだった柴田政人さんと並ぶ初制覇までの最多騎乗記録となった。不利な外枠で追い込まれた状況だからこそ腹をくくれたのだろう。

スタートから強気に好位に付けると行きたがる馬を我慢させて折り合った。いつもは完璧な騎乗にこだわる男が、最後は右ムチを連打してなりふり構わず懸命に追った。

福永祐一がみせた変化

「最後は気合だった」と振り返るように、ワグネリアンに気迫が乗り移った。ダービーを勝つ時はこんなものだろう。かつて柴田政人さんは1993年ウイニングチケットでダービーを勝った時、勝負どころのインで前が開けて「少し早いが今だと思った」と導かれるように追い出した。岡部幸雄さんは1984年シンボリルドルフで3コーナー過ぎで追い出したが馬が反応せず、直線では豪快に伸びて差し切った時「ルドルフにまだあわてるなと言われたんだと思う」と語った。

武豊騎手でさえ1998年スペシャルウィークでダービーを初めて勝った時にゴール前でムチを落とした。ダービーは特別であり、勝つ時には強固な意志と勝つための運が必要なのだ。おそらく今までの福永騎手なら外枠から無難な競馬をしていたのではないか。

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