元日本代表GK楢崎が強調する「腹のくくり方」 2度の16強入りを知る男の歓喜と落胆のW杯

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「ホントに最後だと思っていたから、悔いだけは残したくなかった。チームにマイナスになることだけはやっちゃいけないと思って、あまりしゃべらずに過ごしてました。永嗣に対しては何の恨みもなかったですよ。

永嗣が名古屋にいた時(2004~06年)から能力の高い選手だって知ってますし、彼の活躍、日本の勝利が大事だと思ってたんで、至って普通に見守ってました。泣き言も言わなかった。僕はそういうことは誰にも言ったことがない。結局は自分が足りなかっただけですからね。ただ、チームが勝って盛り上がる中、そこに自分がいないっていうのはね……。『自分もそういう立場で試合に出てやれたのに……』って、そのことばっかりでした」

楢崎 正剛(ならさき せいごう)/Jリーグ・名古屋グランパス所属のプロサッカー選手。1976年生まれ。元日本代表でワールドカップに4大会連続で選出された(2018年5月、筆者撮影)

1998年2月のオーストラリア戦(アデレード)で21歳の楢崎を代表デビューさせたのは、くしくも岡田監督だった。

かわいいはずの教え子を絶望の淵に追い込んで、非情なまでに勝利を追求した指揮官の姿というのは、彼の脳裏にも深く刻み込まれている。

ワールドカップでの成功は並大抵の覚悟では得られない。だからこそ、ロシアに挑む西野監督と選手たちは腹をくくって1つになるしかない……。楢崎はそう考えている。

今の日本代表には失うものはなにもない

「23人も選ばれれば、全員が同じふうに『よかった』と思えることはないかもしれないけど、多くの選手が喜び合わないといけない。一体感は間違いなく大事ですよ。2002年も2010年もそういう雰囲気は確かにありましたから。

今回の監督交代によってそういうものを作れると思って判断したんでしょう。

周りはいろんなことを言うだろうけど、中ではしっかり固まってやるべきですね。もう1つ言うなら、誰もがあこがれる場所なんで、とにかく頑張ってほしいです。

日本人で何人立てるんだっていう特別な場所で、喜びにあふれたプレーをしてほしい。僕は心からそう思います」

ロシア大会2カ月前に監督交代に踏み切った日本代表に失うものは何もない。4度大舞台を経験した大先輩の貴重な言葉を糧に、総力を挙げて戦うしかない。

(文中敬称略、5月16日配信の後編に続く)

元川 悦子 サッカージャーナリスト

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もとかわ えつこ / Etsuko Motokawa

1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。

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