北朝鮮問題、日米の微妙だが深刻なすれ違い 会見で浮き彫りになった日米首脳会談の内実

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この発言の意味するところは、安倍首相とトランプ大統領が向き合って、米朝首脳会談で北朝鮮がどういう提案をしてくるか、どんな譲歩案を示してくるかについて、さまざまなケースを想定して、それぞれにどう対応するかを「すり合わせた」ということだ。また日本政府関係者の一人は「これまでの首脳会談では、北朝鮮の問題になるとトランプ大統領は聞き役に徹していた。今回も北朝鮮問題についてはほとんど安倍首相が話していた」と話してくれた。

北朝鮮の核問題は金正恩委員長が核廃棄を宣言すれば解決するというような単純なものではない。すでに完成した核兵器、あるいは核兵器の材料となるプルトニウムなどを作る施設がどこにあるのか。それらを一つ一つ査察し、解体・廃棄し、国外に持ち出さなければならない。そのための手続きや実際の作業はIAEA(国際原子力機関)などの国際機関も絡む複雑で時間のかかるものだ。

静かに聞いただけのトランプ大統領の危なっかしさ

会談でこの問題に強い関心を持ってきた安倍首相が問題の複雑さを説明し、朝鮮半島問題にそれほど詳しくないトランプ大統領が静かに聞いていた様子が想像できる。その一端が記者会見での安倍首相の発言に出ていたのだ。

トランプ大統領は世界中の指導者の中でも予測不能な言動をとる代表的な人物だ。一方の金正恩委員長も予測不能という意味ではほとんど同じだ。日本政府は米朝首脳会談でトランプ大統領が思いつきでとんでもない約束をしたり合意をしてしまいかねないという不安にかられている。また米国は米朝首脳会談に向けて韓国や中国など対北政策が日本と異なる国とも事前調整を進めている。トランプ大統領は安倍首相の話だけに耳を傾けているわけではないのだ。

実際、21日に北朝鮮が核実験場の廃棄などを宣言すると、トランプ大統領は短時間に2度にわたって「北朝鮮と世界にとってとてもいいニュースだ。大きな前進だ。首脳会談が楽しみだ」とツィッターに流した。北朝鮮の発表文をよく読むと、「我が国に対する核の脅威や核による挑発がない限り、核兵器を絶対に使用しない」とも述べており、核兵器やミサイルは保持し続けることも明示している。にもかかわらず手放しで喜んでいるあたりに、トランプ大統領の危なっかしさがある。

だから、首相は具体的に突っ込んだ「すり合わせ」をしなければならなかった。しかもその事実を記者会見の場で公表することで、トランプ大統領の行動にタガをはめようとしている。「安倍―トランプ」の関係はそういうレベルであるということが、図らずも会見で露呈したのだった。

首脳会談の後の共同会見は往々にして首相らが自国民に会談の成功を誇示する場であり、互いを褒め合い傷つけない舞台のようなものでもある。宮澤元首相が語ったように、両者の主張の違いや意見の対立が露呈することは珍しい。

しかし、国が違えばそれぞれの国益が異なるのは当然である。それを受けて首脳間の対立や違いが国民の目の前にさらされることは、決して悪いことではない。日米関係もさまざまな課題を抱えている。そうした現実の一端が会見の場で明らかになり国民に広く共有されることは、国民が政府の外交政策を理解し評価するためにも重要なことである。

美しく飾り付けられた外交の姿を見せられるより、はるかに意味のある会見だったといえるだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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