日本人の「心イズム」とは何か? 山折哲雄×上田紀行(その2)

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教養はいっぺん、スクラップ&ビルドするべき

山折:東日本大震災が起きた後、大阪で大学の学長が集まるセミナーがありました。そのときに私はこう言った。

地震学という学問は震災を予測できなかった。どうも学問には予測できる学問と予測できない学問があるようだと。

たとえば、天文学はある程度、正確に予測できる学問ですね。予測できない学問の代表が、私が専門とする宗教学。オウム真理教の事件を私は予測することができませんでした。同じように今回は地震学が東日本大震災を予測できなかった。それから経済学はリーマンショックを予測できなかった。だいたいエコノミストたちが言った経済予測が当たったためしはない(笑)。

オウム事件、リーマンショック、東日本大震災。予測することができない学問としての宗教学、経済学、地震学。この3つの学問領域は、そもそも予測できないとはどういうことかという共通テーマで、共同研究すべきではないかと。

そのように半分冗談、半分本気で言ったわけです。しかし、寂として声なしだった。何らかの反論があって面白い対論ができるかと期待したのだが、全然できなかった。

それは専門家が、自分は経済学者である、自分は地震学者であると殻に閉じこもっているからでしょう。そういう教養はもう時代遅れだと私は言いたい。教養はいっぺん、スクラップ&ビルドしなければいけないところに来ていますよ。

複線化社会のタイと単線化社会の日本、どちらが強い?

上田:経済学にしても、たとえば「自由主義」と言うけれども、自由にしたらみんなが金儲けをしたくなり、最大限に儲けたくなるものだという前提に基づきますよね。そして、カネが儲かるほど人間の幸福感は増大していくという、誰も実証したことのないことを前提としている。

やっぱりたかだか牧場の中で牧場主に飼われている羊の自由主義であり、その羊は牧場の外には出ていけない、そんなおかしな理論だと私は思うんですよ。

それを痛感させられたことが、この前、ありました。大学院の教え子の女の子がタイ仏教の研究者で、タイで瞑想したり、上座部仏教の研究をしていたりしたんですが、タイのお坊さんから還俗して大学の講師になった男性と結婚したのです。

その結婚式に出たとき、ご主人のお父さんがスピーチで、「こんなに徳の高い女性と結婚できたうちの息子は本当に幸せ者だ」と言った。私は「徳の高い女性と結婚できて幸せ者だ」という言葉を、人生で初めて聞きました。

日本人だったら考えつきもしない。普通は「こんなかわいいお嫁さんが来てくれて」とかね。ところがそのお父さんは、「彼女はタイまでやって来て、仏教の研究をしていて、瞑想をしていたりする。何て徳の高いお嫁さんなんだろう」と本気で言っている。

そのとき、私は「タイ人って強いなあ」と思ったんです。どういうことかというと、タイも資本主義国で、カネが儲からなければ暴動も起きる。日本と同じように、経済人としての人間も生きているんですが、もう1本複線として、仏教の中で徳を積んでいき、在家であれば来世によい輪廻を求めながら、先生がおっしゃったように、人間的な成長を人生で求めていくという生き方がある。

経済人として生きるほうと、徳を積むほうの複線の社会を生きているわけです。こっちの線では不況で失業しても、もう1本の線のほうは死なない。だから、ちょっとやそっとじゃ潰れないから強いんです。

日本もある時代まではそういう複線があったと思います。しかし、それを急激に単線化した。経済人としてのほうの単線にして、もう一方を捨ててしまった。捨てるぐらい経済のほうが調子よかったから、これだけでいけると思ってしまったんでしょう。

しかしながら今、人生の苦難に直面したときに、そのタイのお父さんと日本のお父さんのどっちがしたたかに、持続可能に、それも幸せに生きていけるかというと、どう考えてもタイのお父さんのほうですよ。

山折:そうだな。

上田:その強さを、われわれ日本人はわざわざ捨てて、自分を追い込んでしまったのです。それなのに、再びアベノミクスで経済人として立身出世しようとしている。そうしないと、自分が強いとか幸せだと思わない人格構造になってしまっている。

株価と一緒に、われわれの血糖値が上がったり下がったり、幸せ度が下がるって、そんなくだらない人間はバカですよ(笑)。そのバカさ加減に気づくためには、世界でそんなことで一喜一憂していない人間がいることを見せなければダメですよね。

宗教に限りませんが、再び複線を走らせると決意をしないといけない。単線化したところに子供たちを追い込んで、まだやるつもりなのか、いつまでやったら懲りるのか。

やっぱり複線が走っていることを、社会の中で目に見えるような形で、あるいは目に見えない形でも、われわれがしっかり体得する。そこにこそ、21世紀の本当の教養があると私は思います。

(司会:佐々木紀彦、構成:上田真緒、撮影:ヒラオカスタジオ)

※ 続きは10月22日(火)に掲載します

山折 哲雄 こころを育む総合フォーラム座長
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