直前まであった「黒田総裁」案と「本田総裁」案 リフレ派は本田悦朗氏を強く推していた

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 2月27日、世界的な株安に見舞われる中で政府が提示した日銀人事案は、財務省、日銀、学者枠を踏襲した「手堅い」布陣だった。写真は、正式な政府の発表直前まで、総裁に起用する案が消えていなかった本田悦朗駐スイス大使。都内で2016年3月撮影(2018年 ロイターS/Toru Hanai)

[東京 27日 ロイター] - 世界的な株安に見舞われる中で政府が提示した日銀人事案は、財務省、日銀、学者枠を踏襲した「手堅い」布陣だった。だが、正式な政府の発表直前まで、本田悦朗駐スイス大使を総裁に起用する案が消えていなかったもようだ。安倍晋三首相の「脱デフレ」への決意は強く、物価2%達成まで出口戦略の検討は封印される可能性が高まっている。

<政権内で早くから浮上していた黒田続投案>

政府が16日に提示した人事案は、日銀総裁に黒田東彦氏を続投させ、副総裁に若田部昌澄早大教授、雨宮正佳日銀理事を起用する内容だった。

マーケットは「織り込み済み」との反応が多く、株や為替で大きな値動きはなかった。

だが、複数の関係者によると、年明けになっても最高人事権者である安倍首相の「本音」が周辺に打ち明けられず、5年前に乱れ飛んだメディアによる「人事観測」報道も鳴りを潜め、奇妙な静けさが続いた。

政権中枢では早い段階から「黒田続投論」が多かった。「安倍首相の国会答弁やメディアを通じた情報発信以上に『総理からの信認は厚い』」(官邸周辺)とみられていたためだ。

また、与党関係者の一人は「麻生太郎財務相は黒田氏を推していた。『デフレではない状況を作り出した。ほかに誰がいる』と、政策運営に信頼を置いていた」と解説する。別の政府・与党関係者は「昨年夏ごろには、続投の方向がかなり高まっていた」と明かす。

だが、今年1月になっても、安倍首相は「黒田続投」の確定ボタンを押していなかったもようだ。

ある政府関係者は「ギリギリの段階で、総理の本音はわからなかった」と話す。

<本田氏の処遇で思惑交錯>

一方で、大胆な金融緩和の継続と機動的な財政出動を求めているリフレ派は、本田氏の総裁就任を強く求めていた。

リフレ派の理論的な支柱である元日銀審議委員の中原伸之氏は「黒田氏は財政緊縮の主張だから、総裁続投に反対した」と言明。

同じく安倍首相のブレーンである浜田宏一内閣官房参与は、本田氏について「日本経済を外国の人に説明する経済外交官として抜群の人材だと思っている。BIS(国際決済銀行)に同行して彼の力量に感心したことがある」と高く評価していた。

このようなリフレ派の見解は、複数のルートで安倍首相に伝わったとみられている。

本田氏は昨年11月、ロイターのインタビューで、物価目標が未達成の黒田氏の続投は適切ではなく、名目GDP(国内総生産)600兆円の達成を政府・日銀の共通の目標にするよう共同文書を改訂するとともに、積極的な財政運営も主張した。

その直後、安倍首相とも会い、両者の間でどのような話し合いがあったのか、人事に関連する政府関係者の視線が集まった。

その直後から「本田氏は総裁ではなく、副総裁候補」との観測が、複数の政府関係者から浮上。一部では、黒田総裁、本田副総裁との「情報」も流れていた。

財務省内でも警戒感が走った。「さすがに総裁はないにしても、副総裁起用は十分に考えられる」との思惑が広がり、同省内では非公式に人事の組み合わせなども含め、あり得るシナリオを巡り情勢分析が行われたという。

年明けには与党内でも「『副総裁に本田氏が入るなら続投要請は受けない』と黒田さんが難色を示している」との観測が浮上していた。

だが、複数の関係者によると、1月の段階では、「本田総裁」案は存在していたという。「黒田総裁」案と「本田総裁」案が並列していた局面があったということだ。

この情勢に大きな変化をもたらした1つの要因として、2月上旬に発生した米国発の株価下落と東京市場の動揺がある。日経平均<.N225>も急落し、円高も進行。政府にとって「市場の安定」が政策の優先順位の上位に浮上し、「黒田続投」の追い風となったようだ。

また、森友、加計学園問題で野党の追及が強まる中、安倍首相と旧知の本田氏を日銀総裁に起用することの政治的リスクも、早くから安倍首相に伝わっていたとみられる。

本田氏を強く推していた中原氏は「本田氏に強く反対したのは、麻生財務相だったとみている」と述べている。

また、リフレ派のひとりは匿名を条件に「若田部氏は、本田氏の強い推薦を受けて安倍首相が副総裁候補に取り上げた」との見方を示すとともに、安倍首相の判断には、中原氏の推薦も影響したとの声もある。

<政府は円高防止に力点>

2月上中旬の市場変動でいったん下げた日米の株価は戻り基調だが、ドル/円は106円台を中心とする動きとなり、110円台に戻っていない。日本企業にとっては、業績下押し要因になる。

ある政府高官は「円高にしないことが、金融政策の最も重要なポイント」と断言する。

マーケットは一時、日銀の出口模索を懸念し、日銀による国債買入量の小幅削減でも、円高材料として「意識」した時期があった。

その後、黒田総裁の「火消し発言」が繰り返され、足元の長期金利はは0.04%台まで低下している。

ある関係者は、黒田新体制が官邸の意向を視野に入れつつ、しばらくの間は現行の超緩和政策と「出口検討」は時期尚早という路線を継続することになるだろうとの見通しを示す。

政府部内には、財政拡張に積極的だった本田氏が正副総裁に就任しなかったことで、19年10月の消費税率10%引き上げは、現実味が高まったとの見方が出ている。

だが、アベノミクスを政権発足時から支えてきたリフレ派に対する安倍首相の信頼感は、今回の人事の経過を見ても揺らいでいないようにみえる。

増税対策で大幅な財政支出の観測も浮上する中、アベノミクスの柱であり続ける日銀の金融政策は、政府との新たな「二人三脚」をスタートさせることになる。

*写真を追加します。

(ポリシー取材チーム 編集:田巻一彦)

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