南北合同チーム結成に見る文大統領の身勝手 平昌オリンピックで度を越した政治利用

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IOCが南北合同チームの登録選手数を両国選手合計で35人としたことはさらに問題である。他の国は規定通りの23人だ。そして、各国とも同じ選手が出場し、激しく体力を消耗する試合をこなしながら優勝を争う。ところが合同チームは他国チームより圧倒的に人数が多くなるため、試合ごとに疲れていない選手を出場させることが可能になる。

35人の登録選手が具体的にどういう条件で出場できるのか、細部はまだ明らかになっていないが、このままでは同じルールの下で競うという最低限のルールが無視され、極めて不平等、不公平な条件で競技が行われることになる。登録人数増は韓国が要求し、IOCが認めたようだが、決定に際してはスポーツの専門家がいるにもかかわらず、なぜ、こんな非常識な話が認められたのだろうか。

南北合同チームと試合をする可能性がある日本チームの関係者は、「主催国の大統領が絡む政治的判断であろうから、だれもIOCの決定に文句を言えない。しかし、こんな不平等な条件の下で合同チームが勝利を重ねたらもはやスポーツとは言えない」と批判している。

「疎通」を掲げながら、自身が国民世論を無視

韓国国内では、文在寅大統領が合同チームの結成を関係者に一方的に通告した手法にも批判が集まっている。文在寅大統領は前任の朴槿恵(パク・クネ)大統領が国民世論の声を聞かなかったとして「疎通」を重視するという公約を掲げて当選した。従軍慰安婦問題について朴政権は慰安婦の声を聴かないで日韓合意に踏み切ったと批判している。しかし、アイスホッケーについてはそうした「疎通」を完全に無視したわけで、朴政権と変わらない、という声が出てくるもの当然だろう。

文在寅政権は発足後一貫して北朝鮮の核・ミサイル開発に対する米国など国際社会の厳しい対応に微妙に距離を置き、南北対話の機会を探ってきた。平昌五輪は南北融和を演出する格好の場である。そして女子アイスホッケーを最も使いやすい競技であると考えたのであろう。しかも、登録選手数を他国チームより多くするという横紙破りまでやってしまった。これ以上ないほどの政治利用であり、五輪の本来のあるべき姿を開催国の元首が堂々とゆがめてしまったのである。

わからないのは、五輪を最大限政治利用する文在寅大統領が今後、北朝鮮問題をどう展開させようとしているのかということだ。南北間で五輪問題は話し合っても核・ミサイル問題はテーブルに乗っていない。五輪を一時的な人気取りに使ったのであれば、大統領の罪深さは計り知れないものになる。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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